大〇〇時代のユウジョウ

 こうしてゲーム開始時に大半が脱落したあと、死屍累々、阿鼻叫喚の室内から鼻をハンカチで抑えながら広間を出たのは、スーツの男におどおどと質問をした新田理沙であった。彼女とて、年頃の少女として絶対に漏らすわけにはいかないという自意識は持っていたものの、括約筋はいつ決壊してもおかしくなかった。

 とにかく広間を出れば多少は楽になるだろう。その期待はすぐ目の前の廊下で、パンツを下して野糞をしている眼鏡系男子の存在によって裏切られた。

「理沙! 違うんだ、これは、僕は……」

 文字通りう〇こ座りのまま、ビチグソをまき散らし続けるメガネ男子こと、片山大地かたやまだいちは、理沙が密かに付き合っている少年だった。

「うん、わかってるよ」

 気持ちはわかり過ぎるほど、わかった。というよりも、誰も見ていなければ理沙も同じことをしただろう。しかしながら、懸命に股間と尻を曝し言い訳をする少年の姿に、理沙はこれまでにない深い幻滅をおぼえた。あたし、こんな情けない人のことを、好きなつもりだったんだ、と。

「じゃあ、行くね」

「待ってくれ、理沙。僕は」

 うるせぇ、糞漏らし。暴力的なまでに膨らんだ、彼氏だったものへの苛立ちを胸の中にしまい込みつつ、腹を抑え、廊下を歩いていく。とにかく、目指すべきはたった一つしかないらしい楽園。そこに行けば、全てが報われる。自らに言い聞かせ、木目の床の上でスリッパをパタパタ鳴らしたが、ことはそう容易くない。

 廊下のそこかしこでは、穴から濁流をまき散らす人間が散見された。半数以上は多少の余裕があったせいか、理沙のビチグソをまき散らした彼氏と同じようにパンツを下して、ゲーリー・ベンじみたカレースープやコロコロとした石ころやかりんとう、とぐろを巻く茶色い蛇をまき散らしていた。間に合わなかったものは、手当たり次第にパンツをはぎ取られ、色々なものを犠牲にして時の人になっているらしかった。

 ただ、出し続けているものたちは臭くはた迷惑ではあるが、まだ良かった。問題はさしあたって出るものを出したあと、賢者モードに入ったものたちだった。もっとも、賢者であるのは全てが終わった直後だけであり、そのすぐ後、彼らはある衝動に駆られる。

 ぼくわたしおれうんちらだけが糞を漏らして、ぼくわたしおれうんちら以外のやつらがのうのうと便器に糞を捻り出すのは許せない。

 足を引っ張りたいという欲望にしたがって、全員を地獄に落とすと決めた糞漏らしどもが、道々でまだ漏らしてない生徒たちに襲いかかってきた。主催者側も止めないところからみるに、こういった事態すら想定済みだったのかもしれない。理沙はたまたま、糞漏らしからの腹パンでゾンビよろしくまた新たな糞漏らしが生まれた現場を隠れて目撃したため、身を隠さなくては、という点に思いいたれたものの、事態はいまだ絶望的だった。道々で隠れながら人をやり過ごしてこそいたものの、旅館の出入口は屈強なラガーマン系脱糞義士に固められ、ネズミ一匹も通さない様相を呈していた。

 どうしたらいいんだろう。壁に隠れながら途方に暮れる理沙の腹は、既に鈍い痛みとともに悲鳴をあげかけている。脳裏にチラついたのは、風船のようになった体が破裂し、茶色いシャワーをそこかしこにまき散らす光景だった。うんこをパンツに漏らしたり、野糞をするくらいだったらいっそ、そっちの方がマシじゃないか。そう思いかけたところで、

「こっちだ」

 聞き覚えのある声とともに、手を引かれた。新手か、と警戒しかけた理沙はすぐ近くの部屋に連れこまれる。

「関谷君」

 そこにいたのは細面の男子委員長、関谷新太せきやあらただった。ほとんど話したことはなかったが、色白で整った顔だけは好みだったので、よく授業中に盗み見ていた。その大きな掌は程よく温かく、不覚にもドキドキしそうになった。そうして連れて来られたのは開け放たれた窓の前。

「ここから出られる」

「ありがとう。でも、なんでここまでしてくれるの?」

 常時であれば、クラス委員長であるから、という理屈だけで事足りそうだったが、世は大脱糞時代。特に接点のない理沙を助けるメリットがあるように思えない。

「それは……」

 恥ずかし気に目を反らす関谷。その初心な反応に、理沙の恋愛センサーは反応する。

 こういう可愛らしいのも悪くないかもしれない。既に、片山大地ゴミのことを頭の片隅から掻き消していた理沙は、いい乗り換え先なのではないのかと思った。

「とにかく行こう」

 顔を背けたまま先へ行こうと促す関谷に頷きつつ、先んじてスカートを抑えつつ窓の桟を跨いだ。途中で漏らさないか心配だったが、括約筋はなんとか踏ん張ってくれた。さあ、次は関谷だと、振り向いたところで、

 ブッ

 派手な音が響いた。気のせいだと信じたかったが目の前で起こったことである。桟を跨ぎながら真っ青になる関谷。尻の穴は断続的に、ブッブッ、と新たなミを生成し続けているらしかった。

「……関谷君のこと、忘れないね」

「ああ、応援してる」

 震えた声でエールを送ってくる関谷の周りに、どこから現れたのか新たなカメラマンが殺到してくる。ここにいては脱糞義士が来るかもしれないと気持ち早足でその場を後にする。頭の中で関谷新太の名にバッテンを付けながら、あたしはああならない、と理沙は心に誓った。


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