第16話 結婚式の招待状
父がアンナと話をするために王都にやってきた。
さすがに事情を知らない父と王城で話すわけにもいかず、アンナはイェルド様が解呪を受けている時間に輸送部隊の応接室を借りた。
こんな時に家族とはいえ部外者に会うというのはいかがなものかとアンナは訴えたのだけれど、こんな時だからこそ邪神教徒たちの目をくらますためにも父と会えることになった。
もちろん護衛付きである。事情を知っている近衛騎士が六人、輸送部隊の制服を着て部屋の中と外で見張ってくれる。さらには心配してスサンナさんもついてきてくれた。それとなくアンナの後ろに控えてくれるという。
彼らは邪神教徒の襲撃からアンナを守るだけではなく、父が邪神教徒にそそのかされていないか、そしてアンナに何かしないかを見極める。と同時に、アンナが余計なことを言わないかも見張っているのだ。
護衛騎士三人とスサンナさんと一緒に先に部屋に入って父を待つ。窓の側と扉の前にそれとなく騎士が立ち、もう一人とスサンナさんがソファに座ったアンナの背後に立った。扉の外には騎士が三人立って目を光らせてくれている。
午後の光が差し込む窓辺には葉の大きな観葉植物が置いてあって、ローテーブルの上にうっすらと緑がかった影を落としていた。
〝婚約について話したいこと〟とは、いったいなんだろうか。
ラーゲルブラード兄妹は、これから貴族たちに流れるであろう噂話をずっと心配してくれていた。最後までエレオノーラ様が父に挨拶するべきだと主張していたが、本日アンナが父と会うと聞いた陛下がぽんと寄越した「アンナ・セーデンの名誉を保証する陛下の署名入り書類」を見せて様子を見ると言ったら渋々引き下がった。
救世の英雄と対面するのと陛下の署名入り書類をみせられるのとでは、父の心臓にとってどちらがマシであろか。本人とやり取りをしなくていいぶん、アンナとしては小指の爪先ほどの差で陛下の書類のほうがマシではないかと思う。
一生手にすることなどなかったであろう陛下の生サインを傍らに置き、父の到着をそわそわしながら待っていると、しばらくしてから護衛の騎士が同時に緊張した。そしてその少しあとにドアが開いて五年ぶりの父が部屋に入ってくる。
「お父様……と、あれ? お母様まで?」
めったに領地から出ない二人がそろって王都にやってきたことにアンナは動揺した。それほどまでに厄介な出来事が起こったのかもしれない。
けれど婚約のことでそこまでの緊急事案が起こるだろうか?
立ち上がって両親を迎えたアンナは、はて? と首を傾げた。
どこか硬い表情の両親は、アンナの「久しぶりだね」という呼びかけにただうなずいただけで、ローテーブルを挟んでアンナの向かいに座った。
「今日はいい天気だね」という、会話の最終兵器を使っても反応は
仕方なくアンナは久しぶりの親子の会話をあきらめて、本題に入ることにした。
「今日はどうしたの?」
硬い表情をした両親にアンナが水を向けると、父は無言で懐から封筒を取り出してテーブルの上に置いた。
それは白地に細かな金箔が散った封筒だった。
厚手の紙でできた封筒は、貴族の間では婚姻に関することを知らせるときに使うものと決まっている。
アンナはすでに婚約を済ませている。神殿に婚約届も提出済みだ。話とはアンナの婚約のことではなかったのだろうか?
アンナは若干眉を寄せて、置かれた手紙を手に取った。
封筒に書かれた宛て先はアンナ、差出人は父の名前だ。
さては妹のカロラがどこぞの貴族の子息に一目惚れでもして、無事に婚約までこぎ着けたのか。
そうだとしたらとてもおめでたい。けれど、お金のかかることなら真っ先に相談されるはずのアンナの耳に全く届かなかった、金箔がちりばめられた手紙に不安がよぎる。
無言で開封を促す両親の堅い表情にも嫌な予感を感じつつ、アンナはその場で封を切った。
手紙には『ユーン伯爵家次男・オリヤン・ユーンとセーデン男爵家次女・カロラ・セーデンの結婚式の招待状』と書かれていた。
アンナは手紙を凝視したまま、声を出すことすらできずに固まった。
見間違えるはずがない。
オリヤン・ユーンは、アンナの婚約者の名前だった。
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