家族と五年間

第15話 赤裸々姉さん

 アンナがイェルド様の頭髪を守り通してみせると心に誓ってから一週間ほど経った。解呪は順調のようだ。イェルド様の体力も持つようになってきたらしい。最初のころに比べると解呪にかける時間が長くなってきた。


 その間のアンナの自由時間も多くなっている。

 自由時間には魔力量を見ながら魔石のアクセサリーに結界を付与したり、本を読んだり、刺繍をしたりと両手を使うことをしている。

 今日は昨日届いた手紙に返事を書くつもりだ。差出人は出稼ぎ仲間に「赤裸々姉さん」と呼ばれるアンナの友人からのものであった。


 赤裸々姉さんは、輸送部隊ではなく騎士団の寮でお給仕をしている妙齢の女性である。かっこいい男性と、自分ではなく架空の女性との恋物語を空想して楽しむ趣味を持つ。

 彼女の話は聞いていると本当に目の前で恋模様が繰り広げられているかのように面白く、つい引き込まれてしまう。


 そんな彼女からの手紙を開けるのを、アンナはちょっとためらった。


 赤裸々姉さんの妄想のネタになっていた英雄たちに実際に遭遇してしまったからというのもあるし、何より彼女のお話を補完するかのような、毎朝のイェルド様をまた思い出してしまったからだ。あれは目に毒だった。


 うららかなお昼に日光を浴びながら思い出すには淫靡であった。


 まさか自分が〝淫靡〟などという単語を心の中で思い浮かべる日がくるとは。

 手紙を前にそんなことを思って開封の手が止まったほど、ありえないことであった。


 元来のアンナは男性の首筋や鎖骨になまめかしさを覚えるような人間ではなかった。

 年頃になった婚約者が調子に乗って服を着崩していて、鎖骨がチラリとみえたこともある。が、それにはアンナは全くの無反応だった。だらしがないからボタンを留めよと注意した記憶しかない。


 男性の鎖骨に対する感情をぶっ壊してくれた赤裸々姉さんからの手紙に、アンナは困惑している。また何か衝撃的なことが書かれていて、男性のどこかの部位に淫靡を感じるような人間になり果ててしまうかもしれない。

 ファインド・ア・ニュー・ミー、ファインド・ア・ニュー・インビである。


 そんなふうに思って恐る恐る開封した手紙の内容は、「アンナちゃんたちに話していた妄想を文字にして出版社に持ち込んでみたら、それが書籍化されることになりました! 本になったら送るから、読んでね~」だった。


 アンナは手紙をそっと封筒に戻した。


 彼女が作る物語は、五歳の男の子と女の子がおままごとの延長線上に繰り広げるようなかわいらしい話ではない。魚が死んで五日目のドゥルッドゥルな内臓のような男女の物語か、淫靡を具現化したような話しかない。


 あれのうちのどれかが世に出てるのか……。


 ドゥルッドゥルな魚の内臓を見つめるような目をして固まるアンナを心配して、スサンナさんが熱い紅茶を淹れてくれた。ベルガモットの香りが白目に染みた。


 友人の挑戦と成功は心の底から嬉しかったが、王都を中心にファインド・ア・ニュー・インビしちゃった人が続出するのではないかと思うとちょっと怖い。はたしてアンナは淫靡に開眼した人たちの視線からイェルド様の鎖骨を守ることができるだろうか。


 いや違う。

 鎖骨を守る任務には就いていなかった。


 自分が守るべきものはイェルド様の頭髪である。


 文字にするとそれもどうかと思うけれど、世界がかかった重要な任務である。


 アンナの様子を心配してジンジャークッキーをそっと差し出してくれたスサンナさんに、アンナは手紙の内容を話した。

 スサンナさんは素直に友人の成功を喜んでくれた。それを見て、なぜか自分自身がドゥルッドゥルな魚の内臓になったかのような気分になりつつも、アンナは赤裸々姉さんへ「おめでとう」の手紙をしたためた。

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