第6話 暴挙では?
〝呪われたものを傷付けると世界が滅びる〟
魔王はその呪いを自分自身にかけて、「自分を害せば世界が滅びる」という状況を作って逃げきりたかったのだろう。しかしその凶悪な呪いは、よりによってイェルド様の頭髪に宿ってしまったのだった。
「つまり誰かがイェルドの髪を傷付けると、世界が滅ぶ」
陛下の重々しい声に、アンナは再びイェルド様の頭に視線を向けた。
頭蓋骨の形の良さがよくわかる、サラサラストレートヘア。長さは戦いの邪魔にならないように短め。センターパートの前髪によりなめらかな曲線を描く額が丸見えで、その下にある眉間に少しだけしわが寄っている。
今のところ何も問題ないように見えるが、このまま髪が伸びたら確実にしなくてはいけないことがある。
散髪。
「つまり、いつかラーゲルブラード公爵家の理髪師が、この世を滅ぼす。と、いうことでしょうか……」
魔王ではなく、まさかの理髪師が。
「いえ、呪いのせいで髪は伸びないのです」
正面に座ったイェルド様が、眉間を寄せたまま儚く微笑んで言った。
「それは……成長しない、抜けても次が生えてこない、ということですか?」
衝撃に思考停止したアンナの口から、無礼な質問が飛び出した。回収したかったが遅かった。なぜ言った、意訳すれば禿げてしまうということですか、などと。
「……はい」
「髪は伸びず、抜けたら抜けっぱなし……」
「そうだ。そして呪いのせいで自然に抜けることはないが、故意に抜けば毛根と一緒に世界が死ぬ」
重低音を響かせた陛下の言葉に、「またまたそんなー、お戯れを」と精一杯笑おうと思ったアンナの顔は凍りついた。
これは陛下が、なぜかお偉いさんに囲まれて世界の行く末を聞かされたくせっ毛の縮れた心を解きほぐそうとしたわけではない。ということがわかったからだ。
その証拠に、偉い人たちみんながイェルド様の光り輝く金髪を凝視していた。
「ちなみに、」と、王都神殿の司祭様が秀でた額を擦りながら言った。
「鑑定魔法で呪いの詳細がわかったとき、生え際の産毛を一本抜いてみました」
抜けたら戻ってこない貴重な毛を? 暴挙では?
また意図せず飛び出しそうになった言葉を、アンナは今度こそうまく飲み込んだ。
飲み込めてよかった。周囲の偉い人たちが沈痛な面持ちでため息をついている。
「すると我が国と隣国にまたがる森林の一部が枯死しました」
「なっ……!」
「そして枯死した木を調べたら、お兄様の頭髪にかけられた呪いと同じ呪いで枯れてしまったことがわかったの」
「毛先を数ミリ切ってみたら、とある国の山が酷い土砂崩れを起こした。そこにも同様に呪いの痕跡が認められた」
司祭様と魔物討伐軍の将軍閣下の言ったことは、アンナも新聞で読んで知っている。けれどそれは魔王討伐後もまだ空気中に漂う魔王の瘴気で狂った魔物が起こした事件である、と報道されていた。
それが本当なら……いや、この面々がそろいもそろってアンナのような田舎娘に対し「やーいやーい騙されてやんのー!」なんて子供みたいなことをするはずもないのだから、産毛とともに森の木々は死に、毛先と一緒に山が崩れた、というのは事実なのだろう。
ではもしも頭髪全部が抜けてしまったら?
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