第二最終話【お説教(その2)】

 殿下からじきじきにお呼び出しがかかってしまった。妃殿下専属の侍女でありながら、妃殿下をお止めするどころかいっしょになって厨房に入り浸るという〝ろくでもないこと〟をしていたのだから叱責はあって然るべきか——

「『ケィト・タロット』さん、私があなたを呼び出したのは他でもない。私の妻のことでです」


「申し訳ありません。侍女としての役割を果たせず。お役目を解かれることはもちろん全ての責はわたしにあります」

 妃殿下のわがままに振り回された挙げ句のこの身、理不尽そのものだけど世の中とはこういうもの。覚悟はすでにできている。でもあの方のお願いは断りにくいのだからしかたない。


「いやいや、タロットさん、勘違いをされては困る。この後も妻のこと、シウさんのことをよろしくお願いしますよ」


「え?」

 それでいいの?

「ほ、ほんとうでしょうか?」


「はい、本当です。本当なのであなたには本当のことを知っておく義務がある」


 殿下のおっしゃることはよく解らない。


「〝あの件〟でなにか分かったことがあるということでしょうか?」


「そうです。実は—」


「申し訳ありませんっ、わたしのような者にそんな重要なことを伝えられてもそれはいかがなものかと——」


「でもシウさんによるとあなたは〝中央情報局の局員〟だとか」


「え?」

 いつの間にそんなものの中に。妃殿下ったらっ! でもいっしょにナニカをしてたのはまぎれもない事実——


「実はこれはシウさんに言ってなくて、あなたに伝えはしますが黙っていて欲しい」ここまで聞いた後殿下の声がより潜まったように感じた「——実は、」

 息をするのを忘れているような。「——シウさんが下女のふりをして厨房に出入りなどするから〝こんな事件〟が起こった節がある」


「どど、どういうことでしょうか?」声が震える。


「厨房の中にシウさんの顔を知っていた者がいたということです」


「まさか、」


「その〝まさか〟です。シウさんが厨房になど正体を隠して出入りするから、シウさんが毒を入れたことにしようと思いついたんでしょう。シウさんに香辛料の調達を依頼し、シウさんが持って来た物を〝別の物〟にひそかに入れ替えておけばシウさんのしわざに見せかけることができる」


「——ただ、その人物は或る意味小心者で臆病だった。自分の手を汚したくはなかったのでしょう。厨房に出入りする下女に件の〝別の物〟をスープの中に入れておくように命じてしまった。この下女はその場ではその命令に逆らえず言われるままにしてしまったが、後から考えれば不自然なことだと思い至ったのでしょう。料理人でもない者にスープを取り扱わせるというのは。それに気づいたその下女はたまたまシウさんと顔見知りになっていた、それゆえそのことはシウさんの知るところとなったと、こういうことになります」


「——そしてシウさんは厨房に出入りできる全員を饗応室に招き入れた。その中には知るはずのないシウさんの顔を知っていて何食わぬ顔をして厨房にいた者も含まれていたわけです。そしてその顔を見てしまった真の黒幕が自暴自棄に、というのがことの顛末であると、私は考えています。未だ自白はしていませんが。その者がわたしの身内でシウさんにはたいへんな迷惑をかけてしまった」


 それは……〝美談〟のようだけれどもなんとも微妙なこと——


「もしや妃殿下がなにもなさらなければこの事件は起こらなかったのでは……」


「そういうことになるとも言える。しかしね、シウさんの顔を知る者が元々厨房に潜んでいたというのはシウさんがなにかをやろうとやるまいと関係がない。今回の一件ではその者をあぶり出し拘束することができた。他にも同様の者が潜んでいることだろう。こういうのはたった一人ということはない。どこまで広がることやらだ」


 たったいま〝重要なこと〟に気がついた。今後のことだ。



「あの、『中央情報局』という、なんといったらいいのか分からないようなモノを妃殿下に続けさせていいのでしょうか?」


「もう『局員』とやらを続けて欲しいとお願いしているが、迷惑だったかな?」


「あっ、いえいえ、わたしはいいんです。でも妃殿下がろくでもな、あ、申し訳ありません、危ないことをしているのを止めもせずにいていいのでしょうか?」


「〝昼間のシウさん〟がそれで生き生きとしてくれるなら、それは構わないことだと思ってる」


 殿下がそう言うのならわたしの立場では決まりだ。

「分かりました。そういうことなら侍女に加えて局員とかいう変わったお役目も勤めさせていただきます」

 そう言うと殿下はニッコリと微笑まれた。〝夜の生活〟も〝昼の生活〟もお優しくてほんとうに妃殿下はお羨ましいこと。

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