第一最終話【お説教】
「シウさん!」と、あとで。夫婦の部屋でふたりきりになったあとで怒られた。「だめじゃないか、こんな危ないことをして」と。
うぅ、29にもなって怒られるなんて……、スープの中に〝毒〟が盛られていたのは事実だったのに。でも調査の結果なぜだかそれは〝死なない程度〟だったんだけど——、しかしやっていたことはおよそ妃殿下としては賞賛されないこと。
「ご心配をおかけしました、ルートルさま」ここは嫌われないように謝るしかない。
「当たり前だよ」とことばを返された。
わたしのこと、心配してくれるんだ。
「こうなるなんて、そこまでは考えてはいませんでした。でも、でも理由くらいは訊いてくれますよね?」
「もちろんだ。答えてくれないんじゃないかと思ったくらいだ」
わたしの話しなんか、聞いてくれるんだ。
「——わたしは、わたしとルートルさまの婚姻をよく思っていない人は、ぜったいにいるんだと、そう思えるんです。わたしが幸せそうにしていればしているほど、そうした〝思い〟は強くなっていく……」
「そんな心配など、」
「ルートルさま、いましばらくわたしの話しを聞き続けてくれますか?——」
マイ夫、ルートルさまはただ無言で肯いてくれた。
「わたしは元々この世界の人ではありません。この世界の人たちからしたら〔異世界から迎えた『国の花嫁』〕。ふつうの女性はもちろん、この世界の名家の人たちからしたら、いまのわたしの地位に、一族の誰かを座らせたかったことでしょう。なのに座ってしまったのはわたし。恨みと嫉妬も買うでしょう——」
「——だけど、日がな一日そんな〝想像〟をしていたら頭がおかしくなりそうで、ならいっそのこと、本当はどうなのか、真実を知りたくなったのです」
「『真実』とは言ってもそれは飛語の類い。そのような〝噂話集め〟など、」
そんなルートルさまのことばを遮る。
「『誰がなにを言っていたか』というのはれっきとした真実です」
「……いや、まぁ、そうなんだろうが、でもわざわざ〝自身の身〟を使って集めなくても、」
「いいえ。そこはわたしも最前線に立たないと」
〝報告者の言うことが真実かどうか分からない〟、とか言うとわたしの人間性が——。でも集めようとしているのがわたしの悪口である以上、ケィちゃんが表現を柔らかにしてしまう可能性はあった。
「こんどは僕の側のお話しをしていいかな? シウさん」
「あっ、はい」
「今回、命にかかわっていた」
「それは、こんなに危なくなるとは思わなかったから……」
「お願いだからもうこういうことはやめて欲しい」
思わずほとんど考えるより先に口が動いていた。
「やめたくはありませんっ」
「シウさん、」
「〝人がなにを考えているか〟知ろうとするのはそんなにいけないことでしょうか?」
「しかし、」
「〝毒を入れた人〟が、果たして本当のことを言っているかどうかは分かりません」
「それはどういう……?」
「〝死なない程度の毒〟なら無差別に誰でも彼でも毒を含ませても良かったはずです。真犯人も含めて。でもあのオジさまは自らスープを飲んでみせようとはしなかった。推論ですがスープを入れた調理鍋の上半分以上と底の方で毒の濃さが違っていた可能性はありませんか? 入れたいお皿に入れた後調理鍋の中のスープをかき混ぜてしまえば結果的に〝死なない程度の毒〟のできあがりです」
「……シウさん、君は怖い人だ……」
「えっ、あっ、そんなつもりじゃ! わたしの真実の姿は夜のベッドの上だと思ってくださいっ」
「あっ、いやいやごめんごめん、口べたなもので。これでも誉めたつもりなんだ」
「なら、誉めるくらいのことをわたしがしたと思ったなら、このまま続けさせてくださいっ」
「まだ厨房に出入りする気なのですか?」
「さすがにもう正体はバレちゃったので出入りは難しいでしょうね」
「じゃあなにを続けるつもりですか?」
「情報収集です。べつに厨房に入り込むのが目的だったわけじゃありません」
「ジョウ——、シウさん、なんです、それ?」
「いろんな人がいまなにを考えているか、それを知っておくことには意義があるとは思いませんか?」
「しかし噂話は真贋の見極めが難しい」
「べつになにもしませんよ。誰が誰を嫌っているか、それがだいたい解ります」
「シウさんは気を害するかもしれないが、やっぱり君は怖い人だ……」
「でもべつにわたしに関する噂話だけを集めようとは思いません。言った人を罰しようとも思いません。誰の噂話でももっといろいろ集めます。それが『中央情報局』です。この国には無いようなのでわたしがします!」
「しかしそれをすればシウさん噂話も少なからず集めてしまう。心はだいじょうぶなの?」
「ルートルさま、わたしを見くびってもらっては困ります。きっかけこそこんな動機ですけど今回の件で少なからず協力者を得ました。この網を広げていけばもっといろいろな情報が集まるはず、そうなればルートルさまのお役にも立てます」
「——うん、分かった」ルートルさまは最後にはうなづいてくれた。
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