第10話【初対面はビキニ姿で】

 ひへええええっっっ! 両肘伸ばし井戸のふちに右手左手、両手をかけながら動けなくなっているわたし。

「すみません、今日お見えになると聞いていてもたってもいられずここで待ってました。蔵前祇羽しうさんですね?」

「は、はい、」

「初めまして、ルートル・ローロラントといいます。あなたに見惚れてしまった男です。本当に肖像画どおりの女性だ」


 っっってことは、この人がわたしのフィアンセ?

 ぶぶぶぶ、上半身ブラだけオンリーな姿でっ、ここ(異世界)じゃ『これ水着ですから』なんて言い訳ぜったい通じないっ!

 反射的に胸を隠そうとする女子的本能の発動、

「あぶないっ」と言ってその男性ひとは、井戸のふちにつかまっている方の手首をつかんでくれた。縄ばしごに乗りながら片手を離せば当然バランスを崩す。我ながらバカな行動。バランス崩しながらも落っこちないで済んだのはわたしの手首をこの男性ひとがとっさにつかんでくれたからかも——男の人から手首とはいえ手を握られたのも生まれて初めてかもしれない……

「やっぱりその姿は恥ずかしいんですね」と言われぽーっと耳が熱くなってきた。

「え、と、これはその……」と〝なにかうまい言い訳を〟、と思いながら顔をあげると初めてその〝ご尊顔〟を拝見できた。


 イケメンってやつじゃなかった。フツメンだった。べつにアイドルじゃないし。

 そうした〝感想〟は歳も含めてで。でも『王子』という肩書きだけあって身なりは整いすぎるくらい整っている。

 唯一物足りなさがあるとすると上背がわたしと同じくらいに見えること、かな。けどわたしの身長が170あるから極端に寸詰まってるわけじゃない。まあ許容範囲。


 割とふつうだった王子サマ。そしてわたしに優しい声をかけてくれた王子サマ。

 こ、これは、〝わたしの容姿に惚れてくれた〟で間違いない。女子的本能では〝誰でも彼でも惚れてくれたら嬉しい〟ってわけじゃない。

 女子には〝警戒感〟というものがある。だけどわたし、もうそれが解除されてる。この直感的感想。肩書きとか一切抜きにしてと思った。もちろんネガティブな意味なんて無い。なんとなしに顔の良すぎる男は、わたしにとって信用できないだけだ。


「とにかく井戸から出ましょう」そうわたしのフィアンセは言った。

「は、はい」

「出るとき後ろを向いていた方がいいですか?」そう声をかけられた。

 下はパレオが巻いてあるとはいえ、井戸のふちに足を掛け〝よっこらしょ〟的にまたぐと、水着着用とは言え股間が丸見え。わたしの微妙にふくらんだ〝丸い丘〟も——

 いやいや、〝この人〟の場合はそうじゃない。このあと何日かしたらわたしの全てを見せて触ってもらうんだろう。

「ちゃんと見ていてください」そうわたしは言った。

「いいんですか?」

「いいんです」

 ことばどおりになった。パレオ巻きとは言えわたしはビキニ姿。井戸のふちに足を掛けあられもない動きの一部始終をこの男性ひとは見ていた。


 以前のわたしなら、10代の子どもだったなら『いやらしい目つき、』とか思ったんでしょうけど、なぜか見ていてくれて嬉しいわたしがいる。29なのにか、29だから、なのか。

 井戸から出たわたしはすらり、というほどでもないけど立ち姿に。


「まだそのように胸を隠されているということはわたしには〝見られるのも嫌〟ということなのでしょうか?」

「あっ、いえ、そんなわけでは、」と言いながらまだビキニの胸を片腕で隠している。降ろすタイミングを完全に失ってしまった。

「実は今日どうしても話しておきたいことがあるのです。私に嫁ぐということは〝世継ぎ〟を産んでもらわねばならない。そのためには、その、どのように小さな服でも服を着たままというわけには……」


 これは女性に言うにしては〝義務という意味〟においても〝いやらしいという意味〟においても言うにためらうことばで、現にためらいがちに言ってるけど目だけはまっすぐわたしを見ていてくれている。胸元なんかじゃなく〝目〟、わたしの目を。

「わっ、解ってます、なんとなくでしたけどっ」

「無理はならさずともけっこうです。現にあなたはいまも胸を手で隠している」


 違う! いまのわたしには〝いやらしい〟は嬉しいこと。〝嫌らしい〟と勘違いされたらたいへん!

 理屈の上ではブラをつけたままでも〝子づくり〟はできる。でもわたしの生の乳首をつまんでもらってどれくらい固くなっているかをその指の腹で感じて欲しいし、舐めても欲しい。究極的には吸って欲しい。もちろん右も左も!

「いえ、これは〝つい無意識に〟という本能っぽい動きです」そう言って腕を降ろしビキニの胸を解き放つ。

「——じつはいまわたしが身につけているこの服(っていうかもはや布だけど)は『水着』といって、水に入る時にだけ着用するものなんです。異世界だとわりとふつうなんですよ」


 この場合の『異世界』とはもちろんわたしが住んでいる現実世界のこと。しかし〝ふつう〟とは言いも言ったりだよね。〝二十歳前後ころ、一度は着ておかないと人生後悔しそう〟というそういう強迫観念から着ただけのものをね。


 だけど、いまのわたしならその当時にさえできなかったことができる!

「——じつはこれも恥ずかしいから腰にまいていたんですけど、とれるんです」

 そう言うや〝えいっ!〟、パレオを取っ払う。あの時二回とも、このビキニを着ていながらパレオだけはどうしてもとれなかったわたし。

「ええっ⁈」とさすがに驚嘆声の王子サマ。露わになる黄緑色のビキニの下半身。見てる、見られてる、視線をびんびんに感じる、わたしの股間に。29なんだけど。いえ、29だからこそ感じる〝この嬉しさ〟。わたし、まだまだ〝現役の女〟なんだ。

「ど、どうでしょうか?、」しかし、わたしだけに若干の自信の無さも。


「本物は、想像よりすごいですね」


 ‼‼‼‼‼‼‼っっっっっっ!

 いま、〝想像より〟って言った。ソウゾウって。わたしのフィアンセ、この王子サマには〝水着〟も〝ビキニ〟もそういうものが存在していることすら知らないはず。わたしの水着姿ビキニ姿なんて想像できないはず!

 っていうことは間違いなく裸、ハダカ!

 殿方とのがたが女の裸を想像してしまったら最後、じぶんでじぶんを慰めるしかなくなる。こんなわたしでもオカヅになっちゃった! これは自惚れじゃないはずっ!


「い、いいえ。まだとっても大事なトコだけは布で隠してます。いまの姿などホンモノのわたしのちょっと前の姿です」


「もうそろそろよろしいでしょうか?」と後ろの井戸の方から声がした。

 振り向けば妖怪濡れ女さん。

「——〝子づくり〟に前向きなのは安心材料ですが、あまりに品が無さ過ぎます」


「〝品が無い〟は失礼でしょ」


「その格好自体がです」


「しょうがないでしょ。水を潜らないと来られないようにするからこれを着るしかなかったのっ」


「まあまあ、クランザさん、私がここで待っているとはシウさんは知らなかったわけだし」


 〝しうさん〟ってわたし? 妻を〝さんづけ呼び〟。なんか、すごく大正たいしょう味があってイイ。大正時代のデモクラシーっくな良家にお嫁に行ったよう。

 テキトーに決めちゃった結婚だけど割とうまくいったのかも————

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