〝なれそめ〟編

第7話【わたしの29年の履歴書】

 殿下はわたしのことを決して呼び捨てにはしない。〝さん付け〟で、いまも呼んでくれる。だから呼び方は『シウ』さん。


 『祇羽(しう)・蔵前・ローロラント』、これがいまのわたしの本名。元の名前は『蔵前祇羽くらまえしう』。ふつうに日本人。ほんの少しだけふつうより上の大学に入学し、割とふつうに名前が知られている会社に総合職として入社。


 仕事が生き甲斐だったかどうかは正直なところ〝びみょう〟。それでも足を引っ張らない程度には働けた自負はある。でもたぶん社内では割とふつうな会社員。でもけっこう忙しくお休みの日はお家でごろん。


 そんなことをしているうちに5年が過ぎてしまった。いえ、過ぎてしまった。


 大学を卒業し5年も経つとお友だちがどんどんとわたしを置いていく、旅立っていく。べつに死んじゃったわけじゃなくてみんな入籍していった。わたしは『結婚』なんてことば、使いたくもない。わたしは確実に老いていく。


 入籍を果たしたみんなとは次々〝友だち〟となっていった。これが〝にんげん界の真理〟というものなのか。入籍の儀式(註・結婚式)でわたしが包んだささやかながらの御祝儀は、現状ほぼ一方通行で終わっている——(〝ほぼ〟っていうのは引き出物はもらったから)


 27も終わろうかというその年、いや、言うならば〝その歳〟か、そこから入籍活動(註・婚活)を始めたが通うことわずか3回で挫折した。原因は分かっている。〝お休みの日はお家でごろん〟だったから。だから心が折れた。


 好きな人からフラれることを〝失恋〟という。じゃ、ことはなんて言うわけ? これ、〝失恋〟なんかじゃない。失恋よりもっと非道い別のナニカだ。ここに極まれりだ。コレが繰り返されれば心なんて折れる。


 誰だ! 『びーびーえー(BBA)』とか『羊水が腐ってる』とか残虐なことを言う奴は! 人生100年時代なの。にんげん(人間)見かけが悪い時の時間の方が圧倒的に長いんだから。それも日増しに悪くなっていく。そんなこと言ってるアンタたちもねっ!


 だいたいほんのちょっとふっくらしているだけで、してくれれば〝化ける〟って思わないわけ?

 こうなると170センチあるこの身長を呪いたくなる。160ほどなら〝ふっくら〟でも、ぽっちゃりと言われる。でもわたしのこの身長だとちょっとふっくらでもやたら表面積が大きく見える。有り体に言って〝デブ〟に見える。

 時代はわたしのような女子(あくまで使い続ける、『女子』を!)の背中を少しだけ押していて『ルッキズム』という便利なことばもあるけれど、なんか使いたくない。明らかに無い者が有る者を妬んで言っているようにしか聞こえない惨めさがある。それなら『イケメンなんてことばも死語にしないと』と言わないと整合性がつかないのに、『イケメン』ってことばが生き残っていること自体『ルッキズム』は欺瞞だ!




 …………ダメだなぁ、わたし。ヘンに理屈っぽくて。しかしわたしも学士サマ、これくらいでなくてどうするっ!

 大学を出ていてもまるでバカのように振る舞える女をわたしは心底憎悪する。

 男ども諸君! その女は嘘つきだぞ。大卒でそんなバカはいない。それは演技だ。嘘つきと結婚などしてみなさいっ、入籍した途端に人格が豹変したようになるから。その時に後悔しても妻としてのもろもろの権利を、既にその女に握られた後なんだからねっ!


 などと暗〜い呪いの言葉を内心で吐き続けてきたこんなわたしに転機が訪れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る