〝ちょっとだけ過去〟編

第5話【初対面のときのケィちゃん】

「お初にお目にかかります。わたくし『ケィト・タロット』と申します。妃殿下の身の回りのお世話をするよう仰せつかっています」


 初めてケィちゃんがわたしの処へ来たとき、〝最初のあいさつ〟はこんな調子だった。身長はわたしよりは無いけれど165くらいはありそうな、女子にしては高い方。女子と言っても25だったけど、この時は歳までは分からない。お顔はハッキリ言って美人さん。完全にわたしに勝ってる。いわゆるメイド服のせいでプロポーションはいまひとつ定かでないところもあるけれど(少しお腹が出てるとか)、そんなコスのせいでちょうど良くカワイく見えた。


 その話し方で最初は〝緊張しているのかな〟、って思ったけど少し接するうちにそうじゃないことに気がついた。

 よく訓練されてる。言葉づかい、仕事ぶり、いちいちの所作にまで隙が無い。

 悪く言えば〝ビジネスライク〟。会社にもこんなコ、いたなぁ。とはいえ『妃殿下の身の回りの世話をする』というのがお仕事なら必然こういうタイプにもなるんだろうな。


 でも、日々接しているわたしとしては日々疲労が蓄積していくような重苦しさを感じざるを得ない。これはなんだ、顔が美人さんのせいだ。いちいち〝丁寧〟なんだけれど、どこか見下されているような気持ちになってしまう。

 『異世界人のくせにたまたま選ばれて王太子妃なんかになっちゃって』って、内心思ってるんじゃぁ……、でもこれこそがわたしのコンプレックスで単に彼女が生真面目すぎるだけかもしれないし……


 べつに嫌なことをされたわけじゃない。打ち解けるためには、要するに必要なのは〝会話〟なのは解っていた。解っていたけどわたしたちの間の共通の話題って……、無いっ!

 それに〝身分の差〟的なものがあって、異なる身分間には見えない壁がある。それを向こうが、彼女が勝手に造ってる。


 わたしはこのコを内心で『ケィちゃん』と呼んでいたけれど、まだ音に出して呼べてはいなかった。

 こんなケィちゃんを手なずけるためには〝女の性〟、もちろん『女性』なんて上品なものじゃなくて下半身を突くしかないと思った。もちろんわたしも女だし、〝突く〟と言ってもれることはできないけど、〝精神的〟にならそれはできる! はず……

 そうしてわたしは或る日決心しありったけの勇気をふり絞ることにした。その時のことを思い出す。切り出し口上はまず『聞いて欲しい悩みがあるんだけど』から。

 こういう持ち出され方をするとこういう真面目なタイプは断れないはず、という見立ての下に。


 ——それで〝下ネタなお話し〟になっちゃった。だって〝女どうしなとこ〟以外から。


 『お話しを聞いてくれるかな、』から始まって、話しを始めたとき、ケィちゃんはわたしのするお話しがよもや〝こんなお話し〟とは思ってもいなかったらしく、始めてすぐに明らかに困惑したような表情になり、すぐに怒ったような〝嫌そうな顔〟に変わったのをわたしは見逃さなかったけどそこは身分差を生かした(?)〝パワハラ案件〟でひたすら押し込み押し込み〝殿下との初夜の行為〟のお話しをひたすらケィちゃんに聞かせていった。


 するとあら不思議、最初の怒ったような顔が消えてしまい身体の姿勢も前のめりが明らかに。〝性器ぺろぺろ〟の段に差し掛かると、もぞもぞと、ケィちゃんの身体に不自然な揺れが見られるように。


 ははぁ……。と思いながらも何食わぬ顔でお話しをほんの少し進めたところで、『少しの中座をよろしいでしょうか、』とかそんなことをケィちゃんは言いだした。『用を足したい』という。


 もちろん許可を出した。


 ケィちゃんはしばらく戻らなかった。想像するだけでわたしの方も火照ってきて我慢できなくなっちゃった。〝もうバレても怖くない〟ってカンジ。本来もう絶対に〝隠しておかなきゃな話し〟を他人にしている時点でわたしもリミッターが外れてたみたい。



 ケィちゃんがようやく戻ってきた。取り澄ました顔をシテ。

『少し時間がかかったわね、待っちゃった』とまず、〝不満〟をぶつけてみた。べつにどうとも思ってなかったけど。

『すみません。お腹の調子が少し悪くて。でもいまはもう大丈夫です』とケィちゃんは口にした。

 『大便』のお話しもたいがいだと思うけど、コレを持ち出さなければならないホドのことを隠し通そうとしていることなんて、すぐ見抜けた。


『ケィちゃん、あなたのいいところは正直なところなんだから、ウソはよくないなぁ』と言っても、相手は当然とぼけた。


『じゃああなたの手、指、指の先の臭いをわたしにかがせてみて、』


 わたしのあり得ないリクエストにケィちゃんは明らかに動揺の表情を見せ、そしてわたしは絶対的に確信した。


 異世界、この世界には〝水道〟なんて存在は無い。水は井戸から汲んでこないといけない。水は飲み水としては常備してあっても普通のお部屋では〝手を洗う水〟なんて常備してない。それがあるのは厨房だけ。使っているうちにすぐ汚れた水になるんだから当然よね。もちろん井戸の場所は〝屋外〟。

 だから比較的短いこの時間の間にできることはせいぜいくらい。

 〝自分で自分の身体を慰める〟、その結果指に染みこむあの独特の臭いはほんのりでも残るもの。確信を得た以上もっとケィちゃんを攻める。


『乱れてしまった呼吸を整えるためにはこれくらいの時間はかかるものよね、』そう言ってあげた。

 ケィちゃんの顔はいよいよ蒼くなってくる、もう〝落ち着きが〟このコから消えている。

『それとも論より証拠の方がいいかな、あなたのスカートの中、履いてる下着の下、にちょっとわたしの指を滑り込ませてみればすぐ真実は解るけど、』


『申し訳ありませんっ!妃殿下っ、わたしウソをついてましたっ』と言って頭を下げるケィちゃん。

 それじゃあ〝自白〟としてはまるで不十分なんだけどなぁ。

『じゃあなにをしていたのか、正直な告白をお願いね♪』とわたしは言った。間違いなく〝嬉しさ〟がにじみ出てたと思う。


『ひ、妃殿下のお話しを聞いているうちに、その、身体がいうことをきかなくなってきて……』

 そこまでで勝手に話しを区切ってしまうケィちゃん。でも手心は加えない。

『それでなにをしてきたの?』ととぼけて訊く。もうとっくにお察しだけどこっちから察してあげることは敢えてしない。自白させる。

 ケィちゃんはもう覚悟を決めていたのかもうこれ以上もぞもぞせず、

『わたしの指でわたしを慰めてきましたっ! だからいまはもうだいじょうぶですっ!』

 さいごの『だいじょうぶです』はこのコのせめてもの意地ね、と、そう思った。


 わたしは女の子を性的にイジめる趣味は無い。特にケィちゃんみたいな美人さんは。わたしのような顔の女が美人さんを性的に虐待している図なんて、しかも身分差を使ってなんて。想像するくらいでおぞましくて吐きそう。そこから感じとれるのはまぎれもなく『嫉妬心』以外の何者でもない。醜いにもほどがある。やったら最後、わたしは永遠にさいなまれる。最低最悪の自己嫌悪。だから言ってあげた。


『お互い〝女の身体〟なんだからわたしも同じよ』と。

 そう言ったらケィちゃんは魂の抜けたような顔を見せたが、すぐ元の隙の無さそうな顔に戻り、

『ありがとうございますっ、お優しいんですね、心が軽くなりました』と返されてしまった。


 だけどね、わたしがあなたに言ってきたことは『あなたオナニーしてたでしょ? 正直に白状なさい』だから。

 直接ケィちゃんの身体になにかをしたわけじゃないけど、ことばで性的に虐待している、と言われると(じっさい言う人はいないでしょうけど)わたしは立ちすくむだろう。だから言った。右手を前に突き出して。


『たぶん臭い、〝まだ残ってる〟と思うけど、嗅いでみる?』


 ケィちゃんは明らかに〝どうすればいいのか〟と逡巡の様子だったけど、断ると〝臭そうだから〟と思われるとでも思ったか、鼻先をわたしの指に近づけてきた。指先にケィちゃんの息がかかるのを感じた。

『どうだった?』と訊いてみた。

『わたしとほとんど変わらない臭いです』と戻ってきた。

『じゃあ少し違うのかな? ケィちゃん』

 この時始めて〝ケィちゃん呼び〟を試してみた。べつに拒絶反応は感じなかった。『——じゃあわたしにも嗅がせてみて』

 もうケィちゃんは抵抗も見せず言われるままにわたしに向かって指をつきだしてきた。〝くんくん〟してみる。

『やっぱりこのニオイよね』と言ってあげるとケィちゃんははにかんだような笑顔を見せた。その証拠に、

『それで聞いて欲しい悩みというのは?』と向こうの方から忘れずに訊いてきてくれた。

 ま、今日はこんなになっちゃったし、この日は『また後日ね、』ということにした。


 この一連の駆け引きは紛うことなくケィちゃんを籠絡するためだった。でも、割とどうでもいいかもしれないけど、けど引っかかっている〝悩み〟というものはわたしのいまの現実に確かにあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る