大好きだったライブが楽しくなかった。『短編』

るんAA

第1話


 大好きだったライブが楽しくなかった。


 光るステージをただ、上空から眺めているだけ、というより俯瞰しているだけの存在……みたいな。

 笑顔が飛び散るような楽しい空間でも一度は感じる賢者の時間。

 それが自分のうなじあたりを付き纏うように歩いている気がしてならなかった。


「次のライブはどうする?」


 ライブ終わり、枯れ木が淋しく風に揺られて、背中に浸るように汗で張り付いたTシャツをつんざくように冷たい風が通る季節。

 気温とは裏腹に夏の涼しさを感じさせるような、はにかんだ笑顔を見せた友人はタオルで額の汗を拭きながら尋ねてきた。


 数拍置いた後、


「……どうするって?」


 自分は友人の言動を伺うような、確認するような、曖昧模糊な返答。

 外灯に照らされていた友人の顔が、一度影に隠れて表情が見えなくなった。


「追加公演! さっき発表されたじゃん」


 友人は興奮しているのか、主語を省いて自分との距離を狭めてきた。


「行きたいよね。そのときには今日いなかったメンツも来てくれそうだし」

「ああ、やっぱそうだよなぁ! 俺はもちろん行くけど……」

「行きたいんだけど、さ、金欠なんだよね~、僕」


 揃って帰路についていた歩幅に若干のズレが生じた。

 肩が当たるくらいまでに詰め寄っていた友人は、自分の顔を覗くように尋ねた。


「あ、そうなの? 俺、すこしくらいなら貸してあげるけど……」

「いや、お金借りるのはちょっと」

「そっかー、でも行きたいよね?」


 自分はそれとなく、携帯端末を取り出して目が眩むような光を浴びながら指を動かす。


「……うん、行きたいんだけどね~」


 曖昧な問いかけに曖昧な返事。

 押すこともないし、押されることもないと分かっていた。


「ダメそう?」

「うーん、ちょうど期末の時期と被ってるから忙しい気もするんだよなー」

「そっか。じゃあ、一人で行こうかな~。俺、その日なら休み取れそうだし」


 自分と友人の明確な違い。

 それは、社会的地位(学生と社会人)が違うことだろう。


「有休取れそうなんだ」

「あー、うん。たぶんね。同僚に頼めばなんとかって感じやねー」

「相変わらず無計画な」

「あははー。まあ、ご迷惑おかけしますーって感じ」


 けれど、さほど地位の変化は問題ではなかった。

 高校時代からの付き合いになる友人は、地位が変化しようとも、人格の変わり映えは特に見当たらなかった。


「ほんとだよ。この着替えだって本来ならホテルに置くはずだったのに」


 自分は肩にぶら下げた部活用の荷物入れを指差す。


「あー、いや、ほんとすんません。電車間違えちゃって」

「はいはい、電車ね」

「でも、公演自体には間に合ったからセーフってことで」

「開演自体ギリギリの時間だったけど」

「最低限チケットは忘れなくてよかった~」

「…………はぁ」

「でもさ、今日のセトリまじでさいっこーだったな~。特に――」


 美しい景色が一望できる山の山頂に霧が陰るように、耳は友人の声を捉えることそのものを放棄していた。


 そう。

 変わり映えしないことが、自分がいま抱いているモヤの要因になっていた。


 14時開場、16時開演の某ドームで行われた今日のコンサートライブは満足できるものではなかった。

 13時に最寄りのホテルに集合し、荷物を置いて現地に向かって物販に並ぶ。

 当初の予定ではそう話し合って、コンサートライブを満喫しようと張り切っていた。

 だが、それは最寄りのホテルのロビーで二時間半、ティーカップを眺めているだけの時間に変わった。

 始発電車に乗って、炎天下の中立たされる某イベントとは違って、難しいことじゃないと理解している。

 にもかかわらず、簡単な行動すらままならない現地15時50分到着の友人。


 正直、呆れた。


 ドームだからか、席も遠くて、よく見えなかった。

 荷物も重かった。

 今日は千秋楽だった。

 チケットを二枚分所持している友人が会場に間に合うのか、心配で正気じゃなかった。


 それだけの苦悩をしていたにもかかわらず、友人の気にしていないようなケロッとした態度。

 いい加減で、几帳面な自分とは真反対ともいえる性格。

 これまで意識していなかったことに、ふと、嫌気が差した自分がいることに気が付いた。


「まあ、金欠じゃなかったら行くよ」


 自分は、遅れていた歩幅を合わせようとすることなく、その場で足を止めた。

 気が付いてしまった自分は、露骨に距離を取り始めていた。


     ※ ※ ※


 数ヶ月ぶりにまた、一緒にライブに行くことになった。

 理由は別にない。自分の金銭状況と学校の成績状況を視野に入れて考えた結果だ。

 ただ、強いて言うならば……


 同じジャンルの

 同じライブを好きでいてくれる友人の誘いを無下にしたくはなかった、というのが本音になる。


 メッセージのやり取りを頻繁に行っていた友人からは、純粋にライブを楽しみたいという想いがあったように自分は感じたのだ。

 チョロいと思われるかもしれないが、友人は昔から誰かを裏切るような薄情な奴ではないことだけは知っていた。

 つまり、いい奴ってことを自分はもともと理解していた。


 だから、自分も友人に有力な情報を与えることを心掛けた。

 停車駅ごとの特性、電車の混雑具合の傾向、ライブ会場に比較的近い飯屋など。

 地元に住んでいる友人からしてみれば、都内というのはあまりにも広く、複雑化されている。

 東京で学生をしている自分なら、その手助けができると考えたのだ。


「久しぶり~。おまたせー」


 だけど、友人は自分の期待を裏切り、


「……うん、行こうか」


 また、当初の予定とは異なった時刻に会場に到着した。


「くらっ」


 開演を控えた会場は暗くなり、席の番号は目視し難いものとなっていた。

 もわっとしたけだるさを感じさせる暑い季節の空気感を肌で感じた。

 自分と友人は、スタッフの誘導に従いながらスタッフの曖昧な「ここらへん」を指示に席を探し始めた。


「やっぱり暗くて、席番すら見えないよ」

「マジで? 俺、目だけはいいから頑張って探すわ!」


 友人は飛び出すように率先して、目を細めながら席を探した。

 けれど、この映画館の上映前のような暗転具合から席番を見つけることが視力の領域ではないことは明らかだった。

 そうしていくうち、次第に会場は光る棒で照らされていき、


「あったー! ここ、ここ!」


 なんとか曲が始まる前には席に着くことができた。


「危なかった~。あ、カウントダウン始まりそう」


 自分と友人は安堵したようにもたれかかるように席に座ったのも束の間、音が鳴り始めると武装の支度を始める。


「本当にいつもいつも……」

「いやー、申し訳。ところで俺がオススメした双眼鏡、持ってきた?」

「これでしょ」


 首から下げた白色の双眼鏡を眼前に差し出した。


「おお、いいっすね~。それ、8倍まで見れるんだぜ、すごくね」

「……よく見えそうだよ」

「それな! よし、じゃあ行きますかー!」


 友人は地面を蹴るように勢いよく、立ち上がるとカウントダウンを会場の声とともに合わせ始めた。

 それも、何事もなかったように。




 ライブはあっという間に幕を閉じた。

 天井から流れ出るアナウンスとともに走り去っていく一部の人間や、ざわざわと高揚した感情を吐露していく観衆。


 自分が口を開く前に友人はおそるおそる……


「次のライブ、どーする?」


 ではなく、いつもの調子で尋ねた。

 前回と同じように。


「……どうするって?」


 自分も見栄を張るように前回と同じように、返した。


「いや、予定とかあんのかなーって」

「予定は……どうだろ。ケータイ見ないと分からない」


 帰路に着く人々を呆然と眺めながら、呟くように吐いた。

 ライブTシャツを着た人、ライブタオルを首に巻いた人、今もなお声を荒げて想いを伝えようとする人。

 それぞれの想いを色に乗せて光らせる、偽りのない、キレイなペンライト。

 当たり前の光景をずっと、眺めた。


「もしよかったら、今度のライブも……」

「それよりさ」


 自分は、友人の声を遮るように話題を変えた。


「話、変わるけどさ」

「おう」


 それは、僕が一番話したいことで。


「トキメキポイズンヘブンからのギターヴィーナスのセトリえぐくなかった?」


 僕が怠っていた、一番、努力をしなくちゃいけない『楽しむ』の部分だから。


「それな! あのセトリは絶対にカップリングで仕組んでると思うんだよね~!」

「そうそう! でさ、双眼鏡がもう大活躍で――」


 誘導員のスタッフに退場を促された後も、会場を後にしても、話したいことを語り合った。

 肩を並べて、歩幅を合わせながら。


 友人が教えてくれた双眼鏡は、離れた距離を縮めてくれるものだった。

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大好きだったライブが楽しくなかった。『短編』 るんAA @teyuki

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