第103話 社畜体質?
ルクゼック商会は服を扱っているだけあって工房は想像以上に大きくて、針子さんも十人も抱えていた。
ルーランさんの他に針師がいて三つのチームに分かれているみたい。
今回はルーランさんのチームについてもらい、背広作りを開始した──けど、他のチームも声をかけてくるのでなんだかわたしがチームリーダーっぽくなり、あっちのチーム、こっちのチームと、背広にとりかかる暇がない。わたし、何しにここに来たんだ?
何て考えている暇もなく、デザインを描いてはそれを形にしていく各チーム。ちょっと休ませていただけませんでしょうか。もう限界です……。
限界を何度か突破し、気絶するように眠ること十数日。わたし、何してんだろうと自問自答するようになってきた。
それでも背広は完成。やっと服作りから解放された。
「……痩せたね……」
久しぶりにわたしを見たティナが呆れていた。
食事は三食いただいていたけど、それ以上に消費が激しく働いていた。やはり働きすぎってダメなのね。せっかく得た命、大事に使わないといけないわね。
「ま、まーね。もう何もしたくない。帰りは馬車で帰りたいわ」
「だろうと思って馬車で迎えに来たよ」
「ティナ、ナイス」
こういう気遣いが出来る子なのよね。
ルーランさんや弟子の針子さんたちと馬車に乗り込み、バイバナル商会へとレッツらゴー。久しぶりに帰って来た。
「……随分と掛かりましたね……」
「ええ。帰る機会を失いました」
とりあえずお風呂に入って何も考えず眠りたいが、まずはルクスさんとルーグさんに背広をプレゼントした。
「わたしたちに、ですか?」
「はい。お世話になりましたのでそのお礼です。普段着なので使い潰してくれて構いません」
ルクスさんやルーグさんは肉体労働はしていないけど、毎日着ていれば肘や膝など磨り減るもの。気に入ったのならルクゼック商会に発注してください。
二人に着てもらい、ルーランさんに細かいところを直してをしてもらった。
「どうです?」
「……ぴったりです……」
それはよかった。お休みなさい。
………………。
…………。
……。
で、気持ちよく目覚めました。
「睡眠は大事って学べた時間だったわね」
苦労に見合うかはわからないけど、これからは睡眠はちゃんととることにしましょう。
何だかやりきったことで消失感が半端ないわね。生き急ぎすぎると早死にしそうだわ。
今生は楽しむと決めたけど、もっと健康に気を使って長生きしたいものだ。
「おはようございます」
ベッドで惰眠を貪ろうとしたけど、キャロルの性格がそうさせてくれず、早々に出て店に向かった。
ルクスさんは背広を着ており、いつものようにサービスカウンター的なところで書き物をしていた。
「おはようございます。よく眠れたようですね」
「はい。ぐっすり眠れました。背広、よく似合ってますね」
西洋風の顔立ちで、背も高くスタイルもいいから背広がよく似合っている。
「でも、髪型はもうちょっと整えたほうがいいかもですね。ルクスさんは長いより短いほうがカッコいいと思いますよ」
そう言えば、ルクスさんって結婚しているのかしら? いつもお店にいる感じだけど。
「帰ったら散髪用のハサミ、作ってもらおうかしら?」
ハサミはあるけど、散髪はナイフで切っているのよね。付与魔法でよく切れるようにしてたから気にもしなかったわ。
「……少し、人生の歩みを遅くしては如何ですか……?」
あ、そうだった。ついさっきそう考えていたじゃない。キャロルの性格、社畜体質?
「あ、キャロルさん。背広、とても心地よいですよ」
ルーグさんがやって来た。その顔はニッコニコ。背広を気に入っていることがよくわかった。
「それはよかったです。カルブラに来てからお二人には何かとお世話になりましたからね。帰る前にお礼がしたかったんです」
「帰るのですか?」
「はい。冒険者としての訓練もしたいですから」
体力を付けたり技術を身に付けたりするために実家を出たのにね。やっていることはクラフトライフだわ。
「そうですね。少し、落ち着いたほうがいいでしょう。キャロルさんが動くと忙しくなりますからね」
はい、まったくそのとおりでございます。
「あ、でも、帰りは馬車を用意してもらえます? 荷物がたくさんあるんで」
さすがに鞄に入れてたらアイテムバッグ化出来ることがバレてしまう。ここは荷物を抱えて帰ることにしましょう。わたしたちを護衛してくれているサナリクスの面々と一緒にね。
「わかりました。いい馬車をご用意しましょう。何か必要なものがあるなら遠慮なく言ってください。すぐに用意しますので」
「それなら麦酒を樽でもらえますか? ちょっと蒸留酒作りに挑戦したいので」
この時代にも蒸留酒はあるらしいけど、極秘扱いされているみたいよ。市場にも滅多に出て来ないんだってさ。
「お酒に興味がおありですか?」
「いえ、傷口を綺麗にするための薬として使おうかと思って」
「薬、ですか?」
「傷口から悪いものが入ると肉が腐るって話、聞いたことありますか?」
「ええ、まあ」
「そんなとき傷口を洗うために蒸留酒が効果的なんです。怪我したときのために作っておきたいんです」
回復魔法を使うにしてもバイ菌が付いたままで回復させたら大変でしょうからね。
「完成したらからならずマルケルに報告してくださいね。あと、そのことは口にしないように」
「え? あ、はい。わかりました」
ないものを作り出すのって本当に面倒よね。バイバナル商会がバックにいてくれて本当によかったわ。
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