第7話 色のある景色
私の名前は色埜美青。ちょっと不思議な名前をした兄妹の友達がいる。
お兄さんの方が島﨑香折ちゃん。香折って名前だけど、男の子だよ。私の同級生で、小学生からの付き合いだけど、目が合ったことない。っていうくらい、香折ちゃんは人と目を合わせるのが苦手なんだって。
妹ちゃんは島﨑尚弥ちゃん。私たちの一個下の後輩で、バレー部に所属してるスポーティーな女の子だよ。地毛が金髪なんだけど、陽に透けるときらきらして綺麗なんだ。こんな綺麗な子と友達になれて、私幸せ。
けれど、なおちゃんにとって、地毛が金髪なことはコンプレックスの一つみたい。本人は口が裂けてもコンプレックスだなんて言わなさそうだけど。気が強いんだよね、なおちゃんって。私はそういうとこが好きなんだけど。
島﨑兄妹は対照的だ。女の子みたいな名前をつけられた気弱な兄の香折ちゃんと、男の子みたいな名前をつけられた強気ななおちゃん。おんなじ親に、おんなじ時期に育てられて、こうも違う性格に育つもんかね、とは思う。
それは親御さんの育て方にそもそも差があるっていう話なんだけど。男の子贔屓女の子贔屓とかそんなのはなく、端的に言うと島﨑夫婦は毒親だった。
香折ちゃんが親に事あるごとに責め立てられて、成績が今までずっとトップなの、苦しみながら生み出した結果だっていうことを、私は知っている。勉強しろ、勉強頑張れ、成績が少しでも落ちたらごはん抜きだ、とか……そもそもそんなこと言うなら、まずは塾とか通わせたらいいじゃんね。塾は学校と違う感じだろうから、今のような全方位コミュ障状態にはならなかっただろうに。
といった感じで、香折ちゃんには滅茶苦茶当たりが強いのに、なおちゃんにはそんなことはなかったみたいで、なおちゃんはどちらかというと、「蝶よ花よ」みたいな感じで育てられてきたらしい。
なおちゃんは香折ちゃんばかりが責められる日常を疑問に思ったらしく、親に色々言いはしたらしいんだけど、親がのらくらしていて、駄目だったみたい。なおちゃんはね、香折ちゃんのこと気に食わないみたいな言動を取るけど、本当はお兄ちゃん想いのいい子なんだよ。言動がトゲトゲしてるけどね、それも愛嬌っていうか、人を傷つけるためにトゲトゲしてるんじゃなくて、自分を守るためっていうか……
難儀な兄妹よのう、とのんびりスマホの電源を着けた昼休み、なおちゃんからメッセージが入っていた。別に珍しいことじゃない。女の子同士だからか、なおちゃんはすっごく私に懐いてくれていて、メッセージのやりとりはこまめにする。以前、クラスメイトに「島﨑というものがありながら浮気か?」とからかわれたけど、「相手も島﨑なんだなぁ」と軽くかわしておいた。それくらいこまめにやりとりをする。
香折ちゃんは目を合わせてはくれないけど、ちゃんと会話はするし、同じクラスだから、スマホのメッセージは使わないかも。なおちゃんが「おにいは筆無精なんだよ」とぼやいてたっけ。たぶん、スマホ弄る時間があるなら勉強しろとか言われて育ったからついた癖なんだろうなあ。香折ちゃんが悪いわけじゃないけど、悪癖だよね。
そんなんだから、クラスメイトたちからは付き合いが悪いって認定されちゃっている香折ちゃんだけど、さすがに今朝、救急車で運ばれた、という話を聞いて、クラスメイトたちは心配の声をこぼしていた。まあ、陰口なんぞを叩こうものなら私の鉄拳制裁が炸裂するけどね。
鉄拳制裁が炸裂しないで済んでいるのは、香折ちゃんの人徳だよ。塾にも通わず、習い事もしていない子が学年トップ、なんて、塾行って、習い事している子たちからしたら絶対鼻につくもん。でも僻まれたりしないのは、香折ちゃんが滅茶苦茶真面目に勉強して、成績がいいことを鼻にかけたりしないから。行き過ぎた謙遜もしないところが美徳だよね。勘違い野郎は謙遜すれば「そんなことないよー」ってみんなが持ち上げてくれるから謙遜するわけで。
それに、香折ちゃんは海より広いんじゃないかっていうくらい、心が広い。だから、からかわれても静かに笑うだけだし、笑われても言い返さないし。なおちゃんはそういうところにぴりっとしちゃうみたいだけど、私は香折ちゃんの良さだと思うな。
「あ、色埜。何してるの? あ、いつもの島﨑妹?」
「なおちゃんね。なおちゃんも今朝具合悪そうにしてたから、心配だな」
「マジで? 島﨑と違って頑丈そうじゃん」
「心はそうもいかないよ」
私はちら、とそのクラスメイトの目を見た。オレンジ色をしている。どうしたって、黒色には見えない。
私の目は、どうやらみんなと違う色を見ているようである種の共感覚だという。日本人はほとんどの人が黒い目をしているというのに、私には黒色の目には見えない。
あー、そういえば、今朝なおちゃんのこと介抱してくれた後輩くんは綺麗な黒目をしてたな。そのままの色が見えるなんて珍しいこともあるもんだってちょっと感動しちゃった。ナバタメくんだっけ? 聞いたことない苗字でびっくりしたな。漢字でどう書くんだろ。
と思っていたら、なおちゃんのメッセージ画面に答えがあった。
「放課後、体育館脇で待ち合わせない? 青天目が会いたいって。今朝の男子」
へえ、青に天に目って書いて「ナバタメ」って読むんだ。全然読めない。でも、香折ちゃんなら読めちゃうのかな。
私は了解のスタンプを送り、返信も綴る。
「そういえば、親御さんから、香折ちゃんの容態って聞いた?」
そうしたら、なかなか既読がつかなくて、うーん、と悩んでいると、廊下がちょっとぱたぱたと騒がしくなった。まあ、昼休みだし、ここ二階だし、職員室の階で、階段脇の教室だから、そんなに不思議には思わなかったんだけど。
数分後、メッセージアプリに友達申請が来て、誰だと思ったら、青天目くんだった。申請を通すとすぐにメッセージが届く。
「尚弥先輩が早退させられました。放課後の約束はスキップで大丈夫っす」
「えっ」
素で声が出た。文字も打ってた。
青天目くんからすぐ返信があった。
「なんだか先輩、親御さんから鬼電されてたらしくって、痺れを切らした親が学校に直電してきたらしくって……迷惑だから帰れ、みたいなニュアンスで……」
「何それ、ひどい!」
いや、もはやこれどこから突っ込んだらいいかわからないやつ! なおちゃんを迷惑っていう学校も違うし、学校に直電してくる親とかまごうことなきモンスターペアレントじゃん。モンペの対応お疲れさま、とも素直に学校を労えないよ……
「それで、先輩が、しばらく連絡取れない状態になるからって、先輩のID教えてくれました。名前なんですか? 尚弥先輩はみおねえって呼んでましたけど」
ありゃ、名乗ってなかったっけ。
「色埜美青だよ。美しい青って書いてみお」
「ほえー、綺麗な名前っすね」
ふむふむ、青天目くんは筆まめなようだね。なおちゃんは青天目くんともID交換してやりとりしてるのかな。
もはや私は幼なじみを越えて家族の領域にいるから、なおちゃんの異性交遊を見ると、お姉ちゃん視点で査定しちゃうよね。青天目くんはね、合格。男子バレー部ってのもあって、体格もいいし、気遣いもできるし、堅苦しい子よりはこういう軽めの子の方がなおちゃんの好みっぽいしね。
なおちゃんは色恋沙汰に興味ないみたいだけど。まあ、香折ちゃんがモテるからなあ。お腹いっぱいなのかもしれない。
「放課後、会わなくていいの?」
「名前聞いてないなーって思っただけなんで、自分は大丈夫です。それより、どう考えても尚弥先輩のがヤバそうなんで」
「それはそうね」
あの毒親たち、なおちゃんにまで毒ムーブかましよってからに、と私はぎりぃ、とスマホを握った。
……私が気づいていないだけで、なおちゃんにとっても既に充分に毒親だったのかもしれない。なおちゃんは親がおかしいことに気づいていたし、いつもはっきりしない香折ちゃんに苛立ちながらも、香折ちゃんのこと、あんまり責めないからね。こんないい子が、なんであんな親から生まれてくるのか。生命の神秘っていうより謎だわ。
「これからもメッセージしてくれると助かります」
「お、ちゃっかりしておるな男子ぃ~。いいよ。そろそろ昼休み終わるから切るね」
私はメッセージアプリを閉じ、電源を落とす。
「妹ちゃん大丈夫そ?」
オレンジの目の同級生が声をかけてきた。私はやるせなくて、首を横に振る。
「モンペが学校に直電してきて学校の迷惑だから帰らされたって」
「うっわ、マジでそんな親実在すんだ。こわー」
こわー、とは言うが、お前になおちゃんの何がわかるんだよ、と思う。それは言っても詮ないので言わないけれど。
「スマホに鬼電来てて、思わず切っちゃったんだと」
「マジキチじゃん。関わりたくねー」
「息子が倒れたのに救急車呼ぶという選択肢がない親よ? ……なんで子どもは親を選べないのかね」
「親も子どもは選べねえからどっこいどっこいじゃね?」
割り込んできた緑の声の先を私はきっと睨む。
「親は子どもを思い通りにできるよ。香折ちゃんが常に学年トップの成績なのもそう」
「筋金入りだな」
「っつうか色埜、なんだかんだ島﨑の話しかしねえじゃん。やっぱりコレなの?」
小指を立てて「コレ」と示す紫の同級生。俗物め。
まあ、私もそういうお年頃だから、恋愛とか全然気にしないわけでもないんだけど、今は香折ちゃんという人命が関わっているから、不謹慎かなーって思うので、黙秘権を行使します。
なーんて、黙秘権を使う時点で語るに落ちているか。
ぶっちゃけて言うなら、私は香折ちゃんのことが異性として好きだ。恋愛的な意味で好きだ。結婚したい相手ナンバーワンまで宣言できる。
ただ、それを香折ちゃんには伝えない。伝えるのは躊躇われる。だってさ、香折ちゃんってば、「自分は人と目を見て話せない不誠実な人間だから、お付き合いはできません」って、告白してくる女の子一人一人をちゃんと振るんだよ。
私は振られたくもないし、諦めたくもないし、幼なじみっていうポジションを守っていたいから、告白しない。香折ちゃんのことを待つことにしたんだ。
香折ちゃんが、人の目を見て話せるようになるまで。香折ちゃん側の負い目がなくなるまで、私はいつまででも待とうって決めたんだ。
まあ、香折ちゃんは私のこと、異性としてなんて見てないだろうけどねー。そこは待っている間に詰めていくのよ。
それに、香折ちゃんを待つのは告白よりも、香折ちゃんの目の色が見たいっていう個人的な好奇心の方が今は大きい。
こんなにずっと近くにいるのに、香折ちゃんの色は見えたことがないんだ。なおちゃんは金色、自分自身でさえ青色ってわかっているのに、香折ちゃんの色だけわからないの、なんか悔しくて。
そんな理由で、私は香折ちゃんの側にいる。
午後の授業がもう始まるけど、早退させられたなおちゃんのことが心配だよ。メンタル大丈夫かな。帰って来いと言われているようなら、香折ちゃん入院の可能性もあるし。放課後までに新しいメッセージが入っていることを祈ろう。
そうしてピンク色の予鈴が鳴り、茶色のハゲ教師が教室に入ってきて、授業が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます