第5話 似た悩みを持つ後輩
兄のことが心配だったが、付き添いは成人じゃないと駄目だった。不安だが、母が付き添って救急車に乗り、あたしと美青姉は学校に登校した。
昇降口に行くと、見知った顔が待ち構えていて、少し驚く。
「あ、先輩、おはようございます」
「……おはよう、
青天目とあたしの苦労は似たものがある。あたしは地毛が金髪であることを理解されず、青天目は灰色の目が理解されない。カラコンなんじゃないか、と疑いをかけられて、生徒会やら風紀委員やらに追い回されたり、小学生のときも親が学校に呼び出されて、校長、教頭、担任の伴った面談が行われたそうな。
ひょんなことからそんな自分の素の色で苦労している話になり、意気投合した。それからは先輩先輩と男女の垣根を越えて懐かれている。目は猫みたいだが、これはたぶんワンコ系男子というやつだ。
「おやおやおやぁ? なおちゃんってば彼氏?」
「部活の後輩です」
「男子バレー部の青天目比呂です。尚弥先輩にはよくお世話になってます!」
元気のいい挨拶である。運動部は声がでかくないとね。
そんな青天目の事故紹介を聞いて、美青姉がまたもやにやにやとする。あたしはすんとして言葉を待った。
「下の名前で呼ばせてるんだ? ただの後輩に?」
「はあ……あたしが頼んだんですよ。おにいも島﨑って同じ苗字だから、苗字で呼ばないでほしいって。別に珍しいことじゃないでしょ」
「本当かなぁ? あ、もしかして香折ちゃんにも紹介するつもりだからそんなことを……!?」
あたしは、美青姉の興奮に反比例して、テンションが下がっていくのを感じた。
美青姉のことは、変な邪推をされても好きだ。けれど、こういう邪推を訂正するのが面倒なことに変わりはない。それに訂正内容も、あまり明るいものではなかった。
「島﨑って呼ばれると、おにいのこと呼ばれてるみたいで嫌なんです」
美青姉はあたしの一言ですっと笑みを引っ込めた。美青姉はあたしと兄の関係が芳しくないことをよく知っている。美青姉は一人っ子だけれど、同級生に兄弟持ちが多いため、その手の悩みは多く聞くらしい。
あたしも、兄のことが嫌いというわけではない。人の目を見て離せないところは見ていて苛立つけれど、倒れていたら、死んでほしくないと思うくらいには。
「で、青天目はどうしたの。あたしを待ち伏せ?」
「違います……いや、違わないか? 先輩が朝練来ないのかなり珍しいから、なんか心配になって……つうか、なんか顔色悪いですよ? どっか具合悪いんすか?」
「ああ、ええと」
あたしの顔はまだ青ざめていたらしい。救急車のサイレン、救急車に乗せられる兄。脳裏にちらつく「死」という言葉に拒絶反応を起こしているのだ。
上手く言えないあたしをさりげなく庇って立ち、美青姉が告げる。
「それはね、香折ちゃん……なおちゃんのお兄さんが今朝、救急車で運ばれたからだよ」
「あ! 朝こっぱやくから鳴ってたあれ、尚弥先輩のお兄さんだったんすか。大丈夫なんですか、お兄さん」
「それがわかんないから、コンディションがいまいちなんだよ」
諭す美青姉の言葉に青天目は素直に頷き、納得した。素直なやつでよかった。
が、そこから先は美青姉のオンステージである。
「というわけでモリオンの君、なおちゃんを保健室にエスコートしてくれたまえ」
「モリオン……? でも、そうっすね。先輩まで体調崩したら大変ですから、保健室でちょっと横になった方がいいですよ」
青天目がす、とあたしの手を取った。あたしはきょとんとする。美青姉を振り向くと、彼女は非常にいい笑顔をしていた。
「先生には私から話しておくからー。ごゆっくりー」
あ、最後の「ごゆっくり」に悪意がある。
「だからそんなんじゃないから!」
あたしが叫び返す頃には、美青姉はるんるんと階段を駆け上がっていっていた。
青天目は律儀にエスコートしてくれている。保健室は昇降口から近いところに配置されているため、すぐに着いたが、ドアを開け、丁寧な所作で誘導された。こいつ、もしかして紳士なのか?
養護教諭に事情を軽く説明して、あたしはベッドにぽすん、と座る。エスコートの終了した青天目は教室に戻ろうとして、ふとあたしの方に踵を返した。
「先輩、さっきの人が言ってた『モリオンの君』ってなんですかね? 少女漫画とかには疎いんすけど」
「逆に聞くが、あたしが少女漫画に詳しそうに見えるか?」
少女漫画より少年誌派である。運動部なら黙ってスポ根を読め。
「モリオンはあたしも知らないな。こういうときこそ、スマホで検索すればいいんじゃないか?」
幸い、電源を切らなければならない始業まではまだ時間がある。そうっすね、と青天目は流れるようにスマホを取り出し、文字を打ち込んだ。
あたしも気になるので、検索結果を見せてもらうと……
「石?」
それは鉱石の一種のようだった。鉱石ということは、磨けば宝石になる。コジャレたものに例えられてよかったな、と青天目を仰いだ。青天目は頭上に疑問符を浮かべている。
「どうした?」
「いえ、調べても全然ぴんと来なくて。なんでこの石に例えられたんでしょう?」
あー、とあたしは思った。青天目と美青姉はさっきが初対面だ。学年が違えば、美青姉の不思議な噂を耳にする機会はないのかもしれない。
あたしは説明した。
「美青姉……さっきの先輩は、少し共感覚の気があるんだ。共感覚って数字とか文字とか、人の声とかを色で認識したりする人たちなんだけど、美青姉は数字とかは普通に見えるみたいなんだけど、人の目が普通とは違う色に見えるんだってさ」
「へえ、また変わった人とお知り合いなんですね」
一瞬類友という言葉が脳裏をよぎったが、深く考えないことにしよう。
話を戻すためにスマホの画像を見る。モリオンは真っ黒な石で、和名は黒水晶。史上最強の守り石と謳われているらしい。
「美青姉がスピリチュアルなことに精通してるのかは知らないけど、青天目の目の色がこの石と同じに見えたんじゃない? 美青姉も人の目を見てカラフルな答え方するから、変な子だと思われててさ。それで、初対面のあんたに何気なくスルーできる言葉で伝えようとしたんだと思うよ」
と、青天目を見上げて、ぎょっとした。
青天目の目からはらはらと涙が零れ落ちていたのだ。あたしは動転する。あたし、別に泣かせるようなこと言ってないよな!? 素は口が悪いから、仲のいいやつと話すときはなるたけ注意していたつもりだったんだが、なんだ? 何がこいつに涙を流させた?
混乱するあたしをよそに、青天目はすみません、と涙を拭う。その目を見て、気づいた。
猫みたいな浅い灰色の目。青天目は生まれつきのその目の色のせいで、相当苦労したという。いじめにも遭っていた、と聞いたことがあった。
小学校低学年の頃だ。その頃はまだ善悪の区別もろくにできていないガキんちょばかりである。だからこそ、剥き出しの言葉の鋭さは尋常じゃない。
ガイジン、ガイジン。それはあたしも髪を指して言われたことがある。一見、悪口でもなんでもないようなその言葉は、ざくざくとあたしや青天目を突き刺し、傷つけた。
ガイジンとは、普通に外国人のことだ。子どもたちはあたしたちのことをただ「外国人みたいだ」と言いたかっただけのようだが、外国人を外人というのは蔑称にあたる。小学校低学年なんて、そんなことは知らないだろうけれど。
お前は自分たちとは違う。お前だけ余所者で除け者だ、という風に響いた。青天目はいじめに見えないいじめをそのように語っていた。
あたしと同じ傷つき方をしている青天目だから、あたしは強く共感した。そんな青天目にとって、目の色をモリオン……「黒」と言われるのは、どれほど大きいことだろう。
日本人はほとんどが黒髪黒目で、黒髪黒目であることが日本人らしさであり、日本人の美しさであるとされている。多様性の世の中において、長らく語られてきた国としての有り様は簡単に淘汰されることはなく、あたしや青天目のようなその基準から爪弾きにされてしまった存在ばかりが痛い目を見る。
そんな日々を過ごしてきた青天目にとって、あなたの目は黒いね、と暗喩されることがどれだけ嬉しいことだろうか。いじめられた過去があるからこそ、涙の一つも流すというものだ。
「青天目」
「すみません、先輩。すぐ泣き止むんで」
「泣き止まなくていい」
あたしは肩を竦めてみせた。
「ここで止まったところで、その赤い目を見られたらからかわれること請け合いだろ? いっそのこと、お前も保健室でサボっちまえよ。あたしはお前が泣いたこと、言い触らしたりしないし」
そう提案すると、青天目は「そうっすね」とにかっと笑った。養護教諭だけが白昼堂々のサボり宣言に渋い顔をする。
「先輩、今度あの人のこと、改めて紹介してください。名前、聞きそびれたんで」
「あ、そういえばそうだった。美青姉、そういうとこ抜けてるんだよな。今日の放課後にでも引き合わせるよ」
「お、先輩ちょっと顔色良くなったんじゃないですか?」
「そうか? ……ありがとな、青天目」
女子と違って、男子は話しやすくていい。あたしは呼吸のしやすさに心地よさを覚えながら、美青姉にメッセージを飛ばしておく。
拗れていくことを、知らないまま。
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