第48話 須藤の話3

 こちらに気づく様子はない。須藤の後ろを通る直前でブレーキの音が鳴らないようにゆっくりスピードを落とす。極力音を立てないように、一度完全に停止し、ペダルから足を下ろして、足で自転車を漕ぐ。まだ気付かれていない。見事に隙間を通り抜けた。

と思ったら遠くを眺めていたはずの須藤と目が合った。シトラスなんとかの匂いがする。


「お、おう、部活?」

「ハッシー、もしかして無視しようとした?」

「い、いや、なんか考えてそうだったから、邪魔しない方がいいかなーって」

「ちょっと、来て」

つかまってしまった。もしかして待ち伏せされていたんだろうか。まさか。普段こんな橋、用事がなければ通らないのに。なぜか僕が向かう方ではなく、来た方の岸に連れ戻されてしまった。僕は向こう岸に用があるのに。


「けんけんって、私のことどう思ってんの?」

けんけんは多分、健二郎のことだろう。そんなふうに呼ばれているのは初めて聞いた。あれ?宮本って呼んでなかったか?

「けんけん?健二郎は須藤のことは、すごい、いいヤツだと思ってると思うよ」

「いいヤツ?それって結局、好きってこと?」

すぐ好き嫌いに結びつけてしまう。確かに、はっきりすることは悪いことではない。とはいえ、

「健二郎がそんなにはっきりしたヤツだと思うか?」

「だからあんたに聞いてんじゃん」

 少し怒っているか。須藤は僕が健二郎については何でも知っていると思っているのだろうか。確かに、誰よりも知っている自信はあるけど、全部を知っているわけではない。部活の時の健二郎は須藤の方が詳しいはずだ。など、色々思うことはあったが、どうしよう。恋愛においては誰も傷つけないことが正しいとは限らないというのが、最近得た仮説だ。まだ僕自信実証できてないのに、須藤の姿勢は僕の仮説を全面的に実践しているようにも感じる。考えないでやっているなら、まさに天才だ。そんな須藤になら、考えればもっと色々わかるはずだ。そうだ、僕にもよくある。これは本当はわかっているパターンだ。


「本当は自分が一番わかってるんじゃないか?」


「わかってるよ!あんたに言われなくても!結局自分の気持ちが大事なんだって!」

聞いてきたのは須藤なんだが、なるほど。そういうになるのか。

「でも、だからって、を全部好きだと思っちゃうと結局うまくいかなかったりするじゃん!」

クラスの女子が言ってたのを聞いたことがある。「気になる人はいるけど、好きな人はいない」というフレーズ。僕はこのことについて過去に考えたことがある。もっといい人がいたら困るから、気になるリストに入れる、本当は好きだけど、すぐ付き合えるわけじゃないから、気になるリストに入れる。好きは一人じゃないといけない、好きになるとすぐ告白しないといけない、付き合わないといけないという考え方が強すぎる。取り合いになるといけないから、自分の手元に置いておきたい。思うようにしたい。これは支配なんじゃないか?


待てよ。


あの時の先生たちの言い方、学校じゃなかったのか?そんなことできるのか?

そうだ。あの時、頭がはっきりしてなかったけど、違和感はあったんだ。いくらはっせんが間抜けでも、ああはならない。あー、結局避けては通れないのか。最悪の気分だ。


「ちょっと、ハッシー!聞いてる?」

「須藤、俺はこれ以上誰も傷つけたくないから、正直に言って欲しい。健二郎のことが本気で好きか?」

「え、だから、それは」

「もしここで好きって言えないなら、気になるなら、待ってやってほしい」


 僕は須藤に言葉を投げつけるだけ投げつけて、本来の用事を済ませ、家にこもってしまった。

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