第47話 須藤の話2
八月三十日の部活の後、僕は崖っぷちに立たされている。
母さんにおつかいを頼まれた。もう崖なのに、立たせてすらもらえない。
家のテーブルに置いてあるシフト表とかいう紙をパートをしているスーパーまで持ってきて欲しいというのである。僕はあれ以来、母さんに逆らいづらくなってしまっている。しかし、さすがに夏休み終盤の中学生にこれは酷いと思う。宿題がギリギリなのは僕だけの責任ではないのに。
家から自転車で三分のところにある、せまい川にかかった二十メートルぐらいの名前があるかどうかもわからない短い橋。自転車と歩行者用だから人がすれ違えるぐらいの幅しかない。あそこを通る前はいつも、頼むから前から何も来ないでくれと念を込める。このポイントさえ何事もなく通れば、あとは坂を下ってゴール。
そう思っていると、遠目から、あの橋の真ん中で川を眺めている人影が見えた。すれ違うのが大変なんだから、あんなところで止まってないでほしい。しかし、うちの学校のジャージだ。
橋の手前まできてはっきりした。シルエットからなんとなく予想はついていたけど、やっぱり須藤だった。部活終わりだろうか、学校のジャージを着ている。正確には下は学校のジャージ、上はユニクロで売ってる白地に、キャラクターをアートっぽく仕上げたプリントがしてあるTシャツだ。上のジャージは停められた自転車の前カゴに入っている。須藤は、普段僕たちが着せられているあずき色のダサいを自ら着ている。同じものを着ているはずなのに、須藤が着ると彼女のためにデザインされたのではないかというぐらい、絶妙な足首の出し具合でピッタリ着ている。サイズのせいだろうか。
僕のような、上の兄弟や姉妹がいる人は、お下がりが基本だから選択肢がなく、よほど成長が早くない限り、ダボダボの運命を背負っている。須藤は一人っ子だったと思う。いや、弟がいたかもしれない。正直、属しているグループは違うし、そのグループと接する時は木村を経由しているので、あえて須藤と面と向かってしゃべったことは、あの事件の最中でさえ、なかったのではないかと思う。うちの中学はチャリ通禁止だから、部活の時は学校の近くまで自転車で行って、見つからないところに停めて、歩いてきたかのように門から入るのが常套手段だ。ああいう人を見ると、誰が見ているかわからないんだから、そんなに堂々としない方が良いと思っている。須藤の家は木村や林田の家と近いと思っていたが、それよりも遠いのだろうか。そもそもここは僕や健二郎の家の方面であり、女子たちの家は反対側なので、須藤がこのエリアにいるのを見るのは初めてだ。
あ、健二郎か。
どうしよう。
急いでいるわけではないが、急ぎたい気持ちはある。母さんは何時でも良いと言ったが、僕には宿題もある。
しかも僕は最近女子という生き物に真剣に向き合ってしまったせいで、新種の女子に対する警戒心が強くなってしまったようだ。須藤は新種というよりは見つけただけで、まだ捕まえていないポケモンぐらい生態がはっきりしていないから、ほとんど新種のようなものである。別に、無駄なエネルギーを使うとまでは言わないが、関わらなければ、失うものはない。この橋を渡らず、県道まで出ても良いが、少し遠回りになる。どっちがいいだろう。なぜか今日のこの橋はただでは通れない気がする。いわゆる悪い予感だ。久しぶりに僕の中の稲垣キャプテンが、放っておいていいのか?というようなことを言っている。確かにそうだ。おじさんが川を眺めていても何とも思わないが、知り合いの女子が一人で川を眺めているのは、何かあったのではないかと思うのが普通だ。でも、一人になりたいという可能性もある。
よし、そこそこのスピードで橋に入り、須藤の後ろを、ギリギリ当たらないぐらいで通り過ぎて、気づかれたら、「おー」と言って、呼び止められない限りは、そのまま行くことにしよう。
小さく深呼吸をして橋に入った。
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