第39話 天才と答え合わせ3

「え?」

体と心がこれほどリンクしたことは今までなかった。 


「ずっと我慢してたんだよ?たまに家に帰ってママに怒鳴られたり、殴られたりすることも。だって宮本くんが言ったんだよ!」

「え?僕?」

「そうだよ!『ハッシーは天才だからねー。プライドが高いし、ミステリアスっていうか、いつまでも考えさせてくれる人がいいんじゃない?』って!ユキちゃんだて『ミサのことずっと見てるよ』って言ってたし!」

「ちょっと、ミク!」

「だからお姉ちゃんとね、一生懸命作戦考えて、二人の合言葉は『あおり、身代わり、先回り』だったんだよ。そしたらきっと橋本くんを夢中にさせてやれるって!」

おいおい、ちょっと待ってくれ。

いや、ダメだ。この感じは誰にも止められなさそうだ。まわっている扇風機に指を突っ込むような感じだ。


「でも、ある日気づいたの。あの日、橋本くんが階段で待ち伏せしてた日。私、たまたま後ろから見てて、お姉ちゃんのふりして後ろから驚かせてやろうって。でも、あの時橋本くんが待ってたのはお姉ちゃんだったんだなって思ったら、なんか虚しくなっちゃって」

「ミク?」

「そうだよ。私はミサとして生きていくんだって、お姉ちゃんになってやろうって決めたのに。なんで止めたの?本気で、お姉ちゃんを、」

ミクは自分がミサになるために自分の姉を殺そうとしたのか?本気で?なんて自分勝手なんだ?なんかわからないけど、腹が立ってきた。もういい、言ってやろう。稲垣キャプテンいいですよね?


「いい加減にしろよ!お前らはそれでもいいかもしれないけど、木村や須藤の気持ち、考えたことあるか?アイツら俺にこう言ったんだ。今まで仲良くしてたミサはなんだったんだろうって。親友の本当も名前も言えない一方通行の親友の気持ちはどうするんだよ!」

「うちだって、親友だって思ってた」

「お前の気持ちなんてどうでもいいよ。お互い通じ合ってないだろって言ってんだよ!」


そうだ。僕は林田のお母さんのことを勘違いしていたようだ。

本当はずっとミクのことを探してたんだ。普通は母親が大事なこどもの名前を間違えるわけないんだ。だから林田のお母さんは薄暗いバス停のベンチで、とっさにいるはずもないのに、「ミクちゃん?」って呼んだんだ。ミサの友達の前でミサのフリしてるのに、本当の自分の名前呼ばれたら、逃げ出したくもなるだろう。


「ミク、ミクはあの日神社の前で俺に『助けて』って言ったんだよ。あの時俺だって半信半疑だった。だから誰だよって言った。もしかしたらって思ったんだよ!さっき思い出した!缶蹴りだったって。足音で気付けるぐらい思ってたんだよ!俺が好きだったのは、夢に何度も出てきて、追いかけ続けたミクだよ。小学校の時、一緒に遊んで、よく転んでほっとけなくて、俺のことを橋本くんって呼ぶミクが好きだった。それなのに、いつも俺の前からいなくなって」

「は?そんなのわかんないよ」

「そういう時は、聞くんだよ!好きな人には、お姉ちゃんのことじゃなくて、自分のことどう思うか聞くんだよ。玉砕覚悟で聞くんだよ。好きですって、付き合ってくださいって。バカみたいに伝えるんだよ。みんなそうやってるんだよ!みんなそうやって傷ついて、少しずつ大人になるんだよ。回りくどく他人の意見聞いてばっかり、それで好きになってもらえんの待ってて言い訳ないだろう?お母さんのことだってそうなんじゃないのか?ちゃんと聞いたのか?勝手に決めつけてんじゃねえよ!」

 それから四人とも十分ほど黙り込んでしまった。その間、時々、締め切った襖から僕の家族がのぞいているのが見えた。全部聞いていたんだろう。なんて恥ずかしい。一生の恥だ。

 僕は母さんに目配せをして、この状況を何とかしてもらうようにテレパシーを送ってみた。しかし、この時の母さんは鈍かった。この状況を打破してくれたのは、まさかのちかねちゃんだった。


「おねえちゃんたち!あのね、本当は公園で遊びたいんだけど、台風でお外にはでちゃいけないから、一緒に遊んでほしい!」


 持つべきものは、歳の離れた妹だったんだと思った。それから、みんなでジェンガをしたり、ゲームをしたり、台風に負けない盛り上がりだった。ちかねちゃんは外の強風さえも味方につけたように連戦連勝で、父さんも、母さんも、二人の兄ちゃんでさえも、手がつけられなかった。台風の目に入ったのか風が収まってきた頃、ちかねちゃんも役目を終えたかのように突然、眠りについた。


 また風が強くならない内に、それぞれの家に帰ってもらうことにした。林田姉妹は病院に寄って帰るらしい。


 しかし、なぜミクはチェンジリングをこんなに印象づけるようなことをしたんだろうか。自分でも止められない何かを誰かに気づいて止めてもらいたかったんだろうか。その疑問をゲームの合間にこっそりミサに聞いてみた。実はあれは林田ミサからのSOSだったそうだ。「こどもの失踪」、「ゴブリンの緑」そして「チェンジリング」。このヒントから学校の腐敗と虐待に気づいて欲しいと、そういうメッセージだった。くにおちゃんとはっせんまで使って。

「いや、気づかないだろ。誰がわかるんだよ」

というと、今まで見た微笑みの十倍、いや、一千倍ぐらい晴れやかな笑顔で

「橋本ならわかってくれるって思ってたよ。だって橋本は天才だもん」

と言った。夢みたいだった。

最後に、「じゃあ、数学のテストは?」と聞いたら、

林田はいつもの微笑みで「わかってるくせに」と答えた。


天才はどっちだよ。


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