第34話 天才と缶蹴り

 ミクを運んでいる。


つまり、林田ミサの意識のない体をくにおちゃんが運んでいる、ということだろう。木村は見張りとして、誰にも見つからないことが一番重要なので、ミクが単に眠っているだけなのか、気を失っているのか、もしくは息がないのか、確認のしようがない。しかし、その安否に関係なく、作戦は続行される。どうやらモンスターを連れているわけではないようで、一安心だ。作戦通りなら数分後、木村から、くにおちゃんの行き先が送られてくる。それは職員室方面かもしれないし、はっせんと待ち合わせをしていたら、校門の近くの駐車スペースかもしれない。とりあえず、離れてくれさえすればいい。僕らの狙いは、無血開城だ。


僕は中の状況を知るために、壁に右耳を押し付けている。


(バタン)


少し大きな振動がした。

なんの音だろう?ドアが開いたんだろうか。

感覚的に近い感じがする。

中からの音は音というよりただの振動に近い。せめてわかりやすい足音ぐらい聞こえると良いのだけど。

準備室のドアを開け、ミサの体を置き、一応見つからないに何かをかけて再びドアを閉める。どれぐらい時間がかかるだろうか。


 僕はなぜか、小二の時に林田姉妹とやった缶蹴りを思い出していた。


「いーち」

「にーい」

「さーん」 

「よーん」

「ごーお」

「ろーく」

「しーち」

「はーち」

「きゅーう」

「じゅーう!」


 二人のどちらかは見つかると分かっていて、遊具に登って隠れる。隙間からチラチラ見えるが、二人は大体同じ色を着てくるから、どっちかわからない。

「ミサちゃん?ミクちゃん?」

「どっちでしょう?」

どっちだろうと回り込んだり、遊具によじ登ったりしている間に、もう一人に缶を蹴られて負けてしまう。だから僕はずっと鬼をやらされていた。ある時からすごく耳を澄ませて、二人が立てる足音や物音からどっちかを判別する能力を身につけていた。確信を持って言い当ててしまえば、顔を見ていなくても関係ない。今考えれば、我ながらすさまじい才能だ。

そうか、だから僕はあの時、暗い神社の前で、あれがミクかもしれないと思ったんだ。ミクの方が少し、ほんの少し大股だったんだ。缶蹴りは続いていたんだ。


 とりあえず今はくにおちゃんが出て行ったことがわかればいい。


まだか、かすかに中で足音やゴソゴソしている気がしないでもないが、風の音がうるさい。


まだか。


(バタン)


よし、さっきと同じ振動だ。ドアが閉まったんだ。

もう少し、くにおちゃんが離れるまで辛抱だ。木村からの連絡を待つ。


あれ?まだ中で音がしないか?

くにおちゃんがまだ出ていってないのか?


あれ?木村からメール?


「くにおちゃん職員室ほーめん」


くにおちゃんが職員室方面?

じゃあ、中にいるのは?

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