第35話 天才と決死の覚悟
もういい、起きてるなら避けてくれ。
そう思い、風で折れた太めの枝で窓ガラスを叩き割った。
薄暗い部屋の中で、光る刃物が誰かに向けられている。
「ミク!待て!」
窓から入る光に照らされるミクに向かって僕は叫んだ。
ミクはビクッとしてこっちを見た。
僕は状況を把握するためにドアの前までいって電気を点けた。
ミクが廊下側まで下がって、カッターナイフを誰かの首元に突きつけている。相手は、全く同じ顔の、しばられた林田だった。後ろ手にしばられ、座り込んでいる。
二人までの距離は三メートルぐらいか。飛び込めばカッターナイフぐらいなら、なんとかなるだろうか。
「来ないで!なんで?」
「なんで?って。こっちが聞きたいよ。なんで保護してあげてるのに逃げちゃうんだよ。しかも二回も。そんなにあの狭い家が気にいらなかったのか?」
「だからって窓割って」
「心配だったんだよ。まさかミクも来てるとは」
まさかだ。いつの間にくにおちゃんと合流したんだろうか。
「もしかして、あのメモ」
「なんで信じちゃうんだよ。ま、先生の直筆ではあるけど」
あの日、密かにもらっておいて良かった。
「やられた。さすがだね、橋本くん」
「それにしても、さすが双子、そっくりだな」
「バレちゃったか」
「俺だってびっくりしたよ。健二郎に調べてもらうまで知らなかった。四月一日と二日生まれで学年が分かれるなんて」
今のところ、ミクは僕の話を聞いてくれている。しかし、ドミノ状態だ。一発刺激すると、色々なものが一気に崩れそうだ。一棟建てのジェンガの方がどれだけ楽か。できるだけ気を引いて、時間を稼がないと。
「でも、ちょっと遅かったね。もう終わりだよ」
「ミク!待て!何が遅かったんだよ」
あれ、このセリフ聞き覚えがある。いや、言い覚えか?
この後は?
「もう!それ以上ミクって呼ばないで!」
違う。僕の知ってる場面と変わってる。
ミクって呼んでれば、とりあえず止まりそうだ。
しかし、名前だけ連呼していても仕方がない。
なんて言えばいい?
どうしよう。こんな状況は初めてだ。
頭が痛くなってきた。眼球の奥が痛い。
僕は左手で左目を押さえて、なんとか耐えている。
「何やってんの?ミク!」
木村が全員を連れて正規のルートから突っ込んできた。ガラスが割れる音が向こうまで聞こえたんだろうか。先生まで連れてきやがって。
しかし、この展開はなかなかショッキングだが、もしかしたらこのまま数で押し切れるかもしれない。考えろ!考えるんだ、次の作戦を。もうコイツらに負けるもんか。僕は一旦、木村に合わせて、自分の中から出てくる正直な気持ちをミクにぶつけようと思った。
「そうだよ。お前、この数日ミクって呼ばれ続けて、どう思ってたんだよ」
「みんな動かないで!、そうだよ!やっぱり、うちはミクなんだって思ったよ!私の本当の名前呼んでくれるって。嬉しかったよ!だって、それまで、うちは、本当は、ずっとミクなのに!って思ってたから、当たり前じゃん!でも、うちはずっとお姉ちゃんの身代わりだったから。でも仕方ないじゃん!」
「うちにとってはミサもミクも大事な友達なんだけど!」
木村が負けじと叫んだ。
木村、それは刺激が強すぎるんじゃないか。いかにも爆発寸前じゃないか。いや、僕も言いすぎたかもしれないけど。しかし、これはまずいかもしれない。頭痛が増している。外野も何か言っているが、頭に入ってこない。何かないか。僕は後ろポケットに入っている、護身用に持ってきていたあるものの存在を思い出した。
待てよ。
本当にいけるのか?
一か八かやってみるか。
「危ない!」
(パン!)
僕は電気を消し、真っ暗にした。
押さえていた左目を開放して、ボールを狙うスタンドオフのように飛び込んだ。
おい、ほとんど見えないじゃないか!
とりあえず、腕さえつかめればそれでいい。
「え!ちょっと!ハッシー!」
風になびくカーテンのせいで真っ暗にはならなかったが、結果的にはミクを抑えられた。
正直、ギリギリだった。ほとんど見えていなかったが、なんとかなった。無様だが、結果オーライ。
「暗いところに目が慣れるのには時間がかかります」って真っ暗にならないと意味ないんだね、くにおちゃん。一応鳴らしたパーンはとてもしょぼい音だった。別になくても良かったんじゃないかと思ったが、あの日の仕返しをしたつもりだった。
ミクは諦めが早くて助かる。いつの間にか全員集合。無血開城。くにおちゃんはちゃんと抑えられているんだろうか。
「さて、話をしようじゃないか」
そう格好をつけたつもりだったが、林田の顔が二つに見える。
あれ、まさか三つ子なんて言わないでくれよ?
(バタン)
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