第33話 天才と台風の日

 八月十六日、朝を迎えた。厚い雲が鼠色に渦巻いている。

 

 僕は念の為、ミクが起きた時に気づくようにメモを適当なところにはさみ込み、静かに家を出た。ミクには、このまま、このせまい家で静かに眠っていて欲しい。ミクが何に対してどう思っているかは、この際、気にしない。


 天候は暴風注意報、雨は降っていない。天は僕たちに味方している。何が起きても大体ごまかせる、作戦決行日和だ。正直、作戦がうまくいくかどうかわからなくて、ドキドキしている。物語の探偵がうらやましい。僕たちも絶海の孤島や館の中に閉じ込められていて、大広間にお集まりください、なんて言えたなら、どれだけ楽だっただろうか。そう考えると、密室トリックなんて、楽したいヤツらの言い訳なのかもしれないと思えてきた。

 本当は作戦なんて決行したくない。僕の推理が見当違いで、丸ごと全部嘘だったらどんなにいいだろうか、と今でも思っている。でも、このままにしておけない。今ならまだ間に合う。終わらせるなら今しかない。


今まで通りの明日なんて来なくていい。

それが僕らの選んだ結末だ。


 八時〇〇分、はっせんが学校に到着する。大体予定通りだ。

 健二郎と須藤に誘導してもらう。「先生!大変です!」とでも言って走っていけば、追いかけてくるだろう。


 僕は今でも考えて続けている。


 昨晩の僕との電話の後、はっせんは、くにおちゃんになんて言ったか。

僕らの予想では、はっせんはくにおちゃんに惚れている。あの須藤と木村も言ったんだから間違い無いだろう。

だから、「学校が大変みたいなんです。理科室も。僕は明日朝イチで見に行こうと思います」みたいなことを言って、最終的に「もしよければ」みたいに持っていくと予想できる。もしそうでなくても、くにおちゃんはそれを放っておけるはずはない。僕たちは、「はっせんは、くにおちゃんに惚れている」ことを分かった上で「くにおちゃんがはっせんを鬱陶しく思っている」ということも知っている。だからわざわざ意味もなく、おすすめの本を課題図書に推薦することもない。くにおちゃんは僕たちの中で限りなくなのだ。

 そうなれば、くにおちゃんは早めに行動して、大事なものを自分のエリアに隠すだろう。それはまさに理科室、理科準備室に違いない。それが蛇だろうが邪だろうが、ゴブリンだろうが、ピクシーだろうが、元からそこにあろうが、なかろうが、僕らの目的には関係ない。そういう作戦が必要だった。


 当初の作戦では、そんなものを待たずに僕一人で職員室に忍び込んで、どこにあるかわからない鍵を探して学校中を片っ端から調べまわろうと思っていた。見つかりさえしなければ、それで良いと思っていたし、何も見つからなければ、それでも良いと思っていた。しかし、木村の言葉は、そんな無謀な僕の考えを正してくれた。確かに、危険を犯して得体のしれない相手に見つからずに、闇雲の調査を終えて何事もなく帰って来れる保証や自信はなかった。自己犠牲のつもりはなかったけど、ひとりよがりではあったかもしれない。それから、できるだけ考えて、考えて、考えた。そして、物語のように痛快ではないにしても、みんなが笑って帰れる可能性が一番高い作戦を実行することにした。はっせんの電話の後も、あれこれ考えてほとんど眠らずにここにいる。


 夜が明けるか明けないかぐらいの時間から、理科準備室の裏側に僕は待機している。カーテンが閉まっていて、中を確認することはできない。だから木村に見張りを頼んだ。木村には職員室から理科室に向かうまでの渡り廊下を見張ってもらい、しかるべきタイミングで僕に連絡するように言ってある。どれだけショッキングなものを見てもありのままを伝えてほしいと念を押した上で。


 木村から連絡が来た。


「くにおちゃんがミクを運んでる」

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