第32話 はっせんという男
俺の名前は
とはいえ、今週は束の間のお盆休みを満喫している、予定だった。しかし、不運にも大型の台風が近づいているため、明日は学校の見回りと補強に行かなければならなくなった。
なんで俺なんだ。
そりゃ、工務員さんも、どこもお盆休みで連絡がつくのが俺で、男性教員の中では若手だから、という理由だけで、これは理不尽だ。しかし、可愛い生徒の安心と安全のためだと言われればと仕方ない。もちろん手当はしっかりと頂く。
しかし、いくら大型の台風とは言え、そんなことになるだろうか?
それは一本の電話からだった。
「あ、もしもし、すいません、夜分遅くに。はっ、長谷先生のお電話でしょうか?」
見知らぬ番号だが、誰だ?うちの生徒か?吹奏楽部はアドレス帳に入っているから、それ以外か?
「どちら様?」
「あ、すいません、僕、二年三組の橋本です。あの、前の角の席の」
「あー、橋本か」
「すいません、お盆休みなのに」
「どうした?」
「実は僕、昼間に学校の近くを通ったら学校の窓がバリバリに割れてて、破片とかがすごい飛んでて、すごく危ないなと思ったんですけど、」
「そうか台風か。それは大変だ。それで、先生に?」
「はい、学校に連絡しても、誰も出なくて、お盆休みだからそのままでも仕方ないと思ってたんですけどー、実はですね、」
「実は?」
「外から見たら、校舎内にうちの生徒らしき人がいて」
「え?本当か?」
「ええ、音楽室か、図書室か、その辺だったと思うんですけど、」
「ま、え、ほんとか?」
「ええ、もしかしたら、吹奏楽部の誰か、ってことは、まー、ないと思うんですけど、誰が何してたんでしょうかね?合宿なんてことはないですよね?」
それはまずい。うちの部活の生徒が立ち入り禁止の学校に?まさかガラスを割ってた?合宿?
「何よりこれから台風も強くなりそうですし、生徒が危ないですよね?だから先生にお伝えしないと、と思いまして」
「わ、わかった。今日は遅いから、明日朝イチで行ってみるよ。ありがとう、橋本」
「あ、先生、ついでと言ってはなんなんですが、宿題のことで」
「宿題?」
「はい、読書感想文の課題図書って先生が決められてるんですか?」
「いくつかは、基本は文部科学省のおすすめから出してるが、少しは僕の好みで」
「どれですか?たとえば、チェンジリングとか?」
「あーそうそう、ちょうど君のクラスの担任の先生に勧められてなー、ちょっと重いテーマかもしれませんが、映画もやってますし、課題図書にどうでしょうって」
「そうでしたか。あ、そう言えば、理科室も大変だったかもしれません!これはうちの担任の先生にも連絡した方が良さそうですね」
「あー、それは、先生からしておこう」
「ありがとうございます。では、失礼します」
「お、おい、」
大江健三郎を選ぶとはなかなか分かっている生徒だと思ったが、電話を切られてしまった。なんか変な電話だったな。まさかイタズラか?
その後も、窓ガラスが割れてるとか物が飛んでるとか生徒から何本か電話があり、個人のイタズラではなさそうだと思った。仕方なく校長に事情を話し、明日学校に行くことになってしまった。かなり面倒ではあるが、先生も来てくれるみたいだし、少し楽しみだ。
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