第30話 天才の考察3

 もしかしたら映画も何かヒントになるかもしれない。そう思っていたが、十六禁だったので、僕は保護者同伴じゃないと観れない。さすがにこのタイミングで僕は動けないし、これ以上母さんに何か頼むのは無理がある。んー、これ以上巻き込みたくないとは思っていたけど、こういう時は兄ちゃんだ。兄ちゃんに電話してみよう。

 兄ちゃんはちょうど映画館のあるショッピングモールにいた。僕は「おもしろくなかったら(僕から)返金しますキャンペーン」を兄ちゃんに持ちかけ、映画を観てきてもらうことにした。正直、兄ちゃんが映画を観てきてくれるかは半々だったが、なんとなく僕の気持ちを察してくれたようだった。これで僕の全財産はほとんど空っぽになるだろう。


 ここまで話がつながるのは本当にたまたまかもしれない。どちらにしても、現場である学校、準備室に行かなければこれ以上のことはわからない。


「健二郎、明日学校入れないかな?」

「どうだろう?この感じだとお盆休みが終わるまでは立ち入り禁止じゃないかな?」

「もう少しで何かわかりそうなんだ。とりあえず作戦ができたらメールする」


 とりあえず今日は時間も遅くなったので、健二郎を家に返した。母さんにはミクが逃亡しようとしたことを話し、できるだけ見張ってもらうようにお願いした。


 僕は今日の夕食を食べる気にはなれなかった。もっと考えるべきことがあると思った。


 明日はなんとか学校に入れたとして、そこには何が待っているだろうか。

一番良いのは、無事の状態で林田が見つかってみんなで笑って帰ること。だけど、そんなにうまくいかないだろう。まずはどこを探すかだ。一番は図書準備室、次にミクが迷い込んだ音楽準備室。その他、各準備室か。一体うちの中学校にはいくつ準備室があるんだろうか。教室側の校舎は一階に職員室、放送室、校長室、事務室、二階より上は全部クラスの教室だから準備室はない。空き教室はあるかもしれないけど、そんなとこに人がいればさすがにわかると思う。もう一つの校舎は一階に理科室、家庭科調理室、二階に図書室、視聴覚室、三階に音楽室、美術室。視聴覚室以外は準備室みたいな小さい部屋が横についている。それぞれの準備室自体にドアはないから、必ず横の部屋を経由しなければならない。それ以外にも資料室みたいな部屋はたくさんある気がする。あとは、技術室や柔道場、部室棟、体育館が独立している。意外とちゃんと覚えているものだ。

 しかし、今の僕には準備室しか眼中にない。何より林田はずっと僕に準備室の存在を知らせるような行動が多かった気がしている。もちろん、僕だけに向けられた行動ではなかったかもしれないが、これは明らかに気になる。林田の体が無意識に自分の本来の精神を求めて準備室を目指したのかもしれないし、何かのメッセージかもしれない。


気づけば外は真っ暗にも関わらずマンションの周りの生垣が揺れているのがわかる。風が僕に何か語りかけてくる。そんな気がした。


 兄ちゃんが帰ってきた。

「おかえりー、映画どうだった?」

「全然おもしろくなかった」

ですよね。なんとなくはわかっていたけど、チラシを見た感じで、普通の高校生が観ておもしろいと思える映画ではなかったから、なんとなく予想はしていた。

「内容は?」

「なんか、警察ってくさってるなーいうか、犯罪者の気持ちも子供をあそこまで探し続ける親の気持ちも全然わからんと思った」

「結局、こどもは?」

「わかんね。なんか生涯をかけて探し続ける、みたいな感じで終わった」

「なんだそれ」

「これ以上はネタバレだから、大人になったら見に行きなさい」


今日は兄ちゃんがずいぶん冷たい。それほどおもしろくなかったんだろうか。それとも反抗期は弟にも向けられるんだろうか。


「でも、お客さんは結構多かったよ。なんか有名な監督と有名な女優さんらしい」


そうなのか。じゃあ、一般の目に触れてもおかしくはないか。警察が腐っていたというのは、僕らでいう学校は腐ってるみたいなことだろう。それにも関わらず、それだけ子供を探し続ける親をこの世の全ての親に見習ってほしいものだ。


「じゃあ、とりあえず一千円。あと、冷蔵庫にケーキあるから」

「いらんわい。目疲れた、ケーキだけもらうわ」

兄ちゃんはメガネを外して目をこすりながら冷蔵庫の方に行った。兄ちゃんなりの優しさだろうか。それとも格好をつけて面白くないといったけど、実はそれなりに満足しているということなのだろうか。

どちらにせよ。この一千円は財布にしまうことにしよう。男に二言はないはずだ。


待てよ、メガネ。

ミクは小学校の頃メガネをかけてなかったか?そうだ僕はそれでミサとミクを判別していたんだ。でも、今はミサの体だから大丈夫なのか?視力はどっちになるんだろう。明日聞いてみよう。


その後、兄ちゃんにもう少し映画の内容を質問してみたけど、今回の事件には関係なさそうだった。


最後に兄ちゃんは「なぜあの映画をすすめたんだ」と聞いてきた。

僕は「友達に勧められて」と言った。別に嘘はついていない、つもりだ。しかし、なぜ健二郎は読書感想文のためにチェンジリングを選んだんだろうか。高校生が面白くない話を本で読んだらもっと面白くないだろうに。

 僕はもう一度、健二郎の資料に目を通した。

「『取り替え子(チェンジリング)』大江健三郎著」

あ、作者が健二郎に似ている。確かに健二郎が選びそうな理由ではある。自分の名前に似ている作家の小説はちょっと興味がある。弟が欲しいと常々言っている健二郎からすれば、本当に弟みたいな名前だ。


これも、偶然か?


読書感想文の課題図書ってどうやって決められるんだ?

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