第28話 天才と誕生日会2

 準備をしている間に木村が戻ってきた。

何も考えていなかったが、何やらサプライズをしたいらしい。段取りを組み、簡単な飾り付けとクラッカーを全員に配り出した。人の家でここまで、と思ったけど、ここまでちゃんと準備ができることを素直にすごいと思った。


「大体OKだね。じゃあ、なっち迎えに行ってくるわ。ハッシー、メールするからそのとき電気消して待っててね」

木村はとても嬉しそうに走って行った。

その様子を見たミクの表情はさっきよりも明るくなっていた。


 すぐに「今から行くよ!」という顔文字付きのメールが来たので、僕は電気を消した。電気を消しても真昼間なので、ベランダ側の大きな窓から光が入ってくる。僕はないよりはマシだと思い、薄っぺらいカーテンを閉めた。とはいえ、役割をほとんど果たしていない。今度は見失わないようにミクの脇をしっかりと固めた。これよりもっと暗い中で長い間過ごすなんて相当苦痛だったと思う。少しでも早く全てが元通りになって欲しいと思う。


玄関が開いて、薄暗い廊下を戸惑いながら歩いてきた須藤をクラッカーと丸いタイプの蛍光灯が迎えた。

須藤は驚いて、泣きだして、木村にしがみついた。


意外と静かに泣くんだと思った。


木村の腕をつかんで、ミクの元に行き、ラグビーのスクラムのようにガッチリ抱き合った。

ミクは最初驚いていたが、意外とすんなり受け入れて、三人で泣いていた。


 僕はここまで人前で感情を表に出せる人を見ると、本当にうらましく思う。

昨晩の林田家の玄関の時と同じような光景を目の前に、僕はそう思った。そのままの三人だと思った。

しかし、あまりにそのまま過ぎることが、僕には違和感に感じた。


ミサとミクは何が違うんだろうか。


どっちでもいいんじゃないだろうか。


僕にっとってはどうだろう?


 一通り食事が終わり、ケーキが出てきた。死ぬほどイチゴが乗った、イチゴに埋もれたケーキだった。こんなケーキを生で見るのは初めてだった。母さんのセンスが信じられない。確かに喜ぶかもしれないが、僕の気持ちも考えて欲しいと思った。


 木村プロデュースのミニ誕生日会はその後、映画を見たり、ジェンガをしたり、テレビゲームをしたり、あいつらの乗せられるままに進行してようやく幕を閉じた。今考えれば全然ではなかった。人のためとはいえ、この浮かれた状態が他の家族に見られると反感を買うと思ったので、僕は早々に片付けを提案した。この後考えたいことは山ほどあるし、中二女子ペアは電池が切れかけてフラフラになっている。昨日の夜はあまり眠れなかったのだろう。二人が重しになってくれているおかげでミクは身動きがとれなさそうなので、最低限の仕事は果たしていると言える。


 気づけば外は曇っていて、何時かわからない空だった。時計をみると五時半になっていた。もう夕方だ。そろそろどの家も夕食の時間だろうか。僕はみんなに時間をお知らせし、今日は解散することにした。


「ハッシー、これ」

「あー、」


健二郎のたくましいモードは継続しているようだ。どうやら本当に進化してしまったらしい。

僕は健二郎から四つに折り畳まれた数枚のコピー用紙を受け取った。

「取り替え子(チェンジリング)」についてのウィキペディアだった。


「ハッシー、」

健二郎は真正面から僕の目を見て、僕の名前を呼んだ。それ以上は何も言わなかったが、何か凄みを感じた。これを読むには、よっぽどの覚悟必要ということだろう。


大人向けの文章で、一度読んだだけでは理解できず、何度も読み返した。

何度も読み返した上で、健二郎を見た。


「ちょっと待て、これ、」

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