第23話 天才の考察

 健二郎が調べてくれている間に、僕は昨晩の出来事と、ミクの証言から現状を整理しよう。僕にできることは考えることだけだ。僕が考えが事件の解決に直接つながるとは思っていないが、母さんの気づいた違和感に気づいて林田の家に押しかけていなければ、状況は進展しなかったかもしれない。そう考えると、もし昨日僕たちが押しかけていなければ、今もミクは暗闇の中にいたことになる。恐ろしい話だ。


待てよ。じゃあ林田は今どういう状態なんだ?

この場合、何が普通かはわからないが、普通に考えれば、余っているミクの体に入ってどこかに囚われているのだろうか。この不思議な現象についてはまだまだ情報が足りない。健二郎の調査結果を待つしかない。

 とりあえず母さんが帰ってくるまでに、今日の話し合いの成果をまとめておこう。部活のお盆休みは明日までだから、ミクがどう生活していくか、顧問の先生に誰からどう説明するかなど、ある程度方針を決めないといけない。

 そもそも、人が一人いなくっているという異常な状況がある。このことは学校は知っているんだろうか。女子生徒が失踪したなんて、今まで聞いたことなかった。確かに、そんな学校内で原因不明の失踪事件があれば、僕たちは普通に学校に通っていられないし、生徒や保護者を不安にさせるようなことは公表しないのかもしれない。こうなると、今の僕たちに一番必要なのは、学校側の協力者じゃないだろうか。全面的に協力してくれなくても、この嘘みたいな話をちゃんと聞いてくれて、真実を包み隠さず、ちゃんと何らかの行動を起こしてくれる、そんな大人はいるだろうか。

 ダメだ。考えが色んな方向にバラバラになってまとまらない。こういう時、稲垣キャプテンだったらどうするだろう。「基礎をおろそかにするな」という感じでしょうか?つまり、自分の近いところから、目の前のことから確実に、といったところか。一番は、今後ミクがどうするかだ。やっぱり一人ひとり話を聞いてどう思っているか、どうしたいか、聞いてみよう。


「ミク、気分はどう?」

「あ、橋本くん!うん、なんかだいぶいい感じ」

「本当か?お母さん入院することになって大変だと思うけど、とりあえず夏休みが終わるまではうちにいて良いらしいから、まーだいぶ狭いけど我慢して」

「ううん、あの、本当にありがとう」

「いや、もっと早く気づくべきだったと思ってるよ。どんな感覚だったんだ?自分の意識がお姉ちゃんの体に入ってるけど?自分では動かせない?って」

「う、うん、なんていうか、真っ暗で、車に乗ってる時みたいな感じかな?上手く言えないんだけど」

「なるほど、たしかに車は自分では動かせないか。じゃあ自分がお姉ちゃんだった時の記憶はあるもんなのか?例えば、テストの時とか」

「う、うん、覚えてるよ。お姉ちゃんってすごいよね。ほとんど百点じゃん。うち、勉強とか全然できないから、本当にすごいなって」


それは僕も同感だ。

本人は聞いていないことだし、少し下世話な質問もしてみよう。

「ちなみに、通知表はどうだった?」

「あー、あれもすごかったよね。ほとんど五ばっかり」

「ほとんど?全部じゃなくて?」

「全部じゃないよ!」

全部じゃなかったのか。それなら玉砕覚悟で突っ込むのもありだったかもしれない。

「にしてもすごいよなー。マジで完璧っていうか」

「そうかな?」

「いや、マジで憧れだよ」

「へー。橋本くんってお姉ちゃんのこと、どう思ってるの?」

「どうって、もちろん心配だよ」

「いや、その、たとえば付き合いたいとか思ったことないの?」

こんな状況で何てませたことを聞いてくるんだ。だいぶ元気になってきたみたいで安心した。


「そこまでは考えたことないなー」

「あ、そっか。じゃあ、もしお姉ちゃんが、」

「お姉ちゃんが?」

「いや、なんでもない」

「なんだよ。そうだ、明後日から部活なんだけど、どうする?林田として顧問の先生に事情を話して休むことになると思うんだけど、もしあれだったら、うちの母さんから何とか言ってもらおうか?正直、俺は大人がこんな話信じてくれると思えないからその辺は誤魔化して」

「ううん、うち、学校にいきたい。顧問の先生にはうちから話す」

「そうか、わかった。とりあえず明日まではゆっくり休んで」

「ありがとう」


 精神の方はなんとか大丈夫そうだ。しかし、最後に何を聞こうとしたんだろうか。恋愛関係か。それは僕の専門外なのだが。正直なところ僕も男子の端くれではあるし、好きな人だっている。しかし、今はそれどころではないことは十分にわかっているつもりだ。しかし、いまだに理解が追いついていない。林田の体に妹のミクが入っているなんて。ミクの本体には一年半以上まともに会っていないし、ちゃんとしゃべった記憶もないから、どんな風に成長しているか想像でしかないけど、多分そっくりなんだろうと思う。

 あれ?僕は小学校の頃、林田姉妹をどうやって判別していただろう?何か決定的に違っていた気がするけど、何かはわからない。並べられたらわかるかもしれないけど、サンプルが片方しかない今の状況ではどうしようもない。また余裕のある時に考えよう。

 次は、木村と須藤の意見も聞いてみないといけないな。

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