第22話 天才と友人Kの成長

 翌日、事件の当事者を呼んで、林田姉妹に何が起こったか事情を聞くことにした。林田のお母さんは旦那さんと連絡をとって入院することになったらしい。母さんはその付き添いに行ってくれた。これは僕と母さんだけの秘密だが、林田の体には火傷や殴られたような痕がたくさんあったらしい。その時、母さんにすごく怒られた。今までの人生であんなに怒られたことは一度もなかった。確かに僕は色んな人に迷惑をかけて、巻き込んだ。ミクを保護できたから良かったようなものの、ただでは済まなかったかもしれない。僕は自分の行動がいかに軽率だったか反省した。そのあとで、夏休みが終わるまではいくらでも家に置いて良いと言ってくれた。

 僕はこれ以上この意味のわからない状況に人を巻き込みたくなかったので、困ったら必ず助けを求めると言う条件付きで、中学生の僕たちだけで話し合いをさせてもらった。会場はもちろん狭い僕の家だ。お盆だというのにみんな朝から僕の家に集まり、反対に父さんがちかねちゃんを遊びに連れ出し、兄ちゃんも気を遣って出て行ってくれた。


は声を詰まらせながら、今年四月の入学式当日のことを話してくれた。


 「うちは入学式の後、すごくワクワクしてて、お母さんと、お姉ちゃんとはぐれて、一人で学校の中を探検してたの。はぐれちゃったのはわかってたけど、すぐに見つかると思ってたし、最悪、お家には一人でも帰れるからいいやって思っていたの。うちは中学に入ったら吹奏楽部に入りたいなーって思ってたから音楽室だけちょっとのぞいて帰ろうと思って。そしたら、音楽室は開いてなくて、だれもいなくて、でもその奥にちょっとだけ開いてるドアがあったから、見に行こうとして、そしたら、後ろからお姉ちゃんがいきなり追いかけてきたから、ちょっと逃げる感じでその奥のドアを開けて、そしたら、なんか目の前が緑色になって、すぐお姉ちゃんが目の前に来たのはわかったんだけど、うちはそのまま気絶しちゃって、起きたらお姉ちゃん探しても見つからなかったから、怖かったし、お家に帰ったと思って、うちもダッシュでお家に帰ったの。それで、お家に帰ったらお母さんがうちのことを『ミサ!ミクは?一緒じゃないの?』って言って、そしたらうちもいつの間にか『ミク、見つからないの』って意味わかんないこと言ってて、なんかうち、何もうまく説明できなくなってて、いつの間にかお姉ちゃんになってたの。それで、昨日の夜?橋本くんにミクって呼ばれて、急にパーってなって。」


 僕はこの話を完全には信じられなかった。ミクがどうこうと言うよりは、どれだけ信用できる人がこの話をしていても信じがたい話だと思う。そもそも、僕以外はミサの中にミクが入っているということが受け入れられないと思う。ここにいる全員が少しの間固まってしまった。

この沈黙を破ったのは、まさかの健二郎だった。


「ハッシー、今の話、もしかしたら、チェンジリングかも」

「チェンジリング?」

「そう、ヨーロッパとかの話なんだけど、ピクシーとかゴブリンとかが人間の子供を自分の子供と取り替えちゃうんだって」

「なんでそんなことするんだよ?」

「召使いにしたいとか、自分の子供にしたいとかだって」

「健二郎、なんでそんなに詳しいんだ?」

「たまたまね、最近読んだ本にそのことが書いてあって。ほら、読書感想文の課題図書にあったでしょ?『取り替え子(チェンジリング)』って」

「へー。つまり、そのチェンジリングがこの中学で起きたってことか?」

「うん、わかんないけど、そうだと思う」


 一応、周りに気を遣って僕にだけ耳打ちしてくれた健二郎の声は、聞いたことがないぐらいたくましかった。

 いまだに信じられないが、僕と健二郎があの日図書準備室で見かけた緑の何かがゴブリンとかピクシーか何かだったとすれば今の話は全て筋が通ってしまう。僕は恐ろしくて全身の毛が逆立つような感じがした。本当にそんなゲームの世界みたいなものがこの世にも存在するんだろうか。しかし、泣きじゃくる女子たちといつもより少し大人っぽく見える健二郎を前にして、自分を奮い立たせた。


「それで、ミク、お姉ちゃんは今どこにいるかわかるか?」


「わかんない。うちがお姉ちゃんだったときはほとんど真っ暗っていうか、お姉ちゃんがしそうなことしかできなかったから」


「そうか。健二郎、図書準備室で僕たちが見たってことはソイツは色んな準備室に移動してるか、もしかしたら一匹じゃないかもしれないな。どうやったらミサは取り戻せるかわかるか?」


「お話と違うところがあるから、よくわからない。もしかしたらまた図書準備室に行ったら誰かいるかもしれないし、もしいなくても、チェンジリングのことを調べられると思う。僕も家で調べてみるよ」


「おっけー。俺はとりあえず、ミクともう少し話してから合流する」


 健二郎は自分の家で調べてくると言って出て行った。いつになく健二郎が頼もしく見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る