第19話 天才と盆踊り

 八月一五日は小学校の隣の公園で毎年恒例の盆踊りがある。

 盆踊りには全然興味がないけど、大きなやぐらや色んな色の提灯がたくさん連なって、公園が笑いに包まれる。屋台がたくさん出て、鉄板の焼きそばやたこ焼き、とうもろこしの焼ける匂いと煙で、いつもはしょぼいはずの公園が夢の中みたいになる光景がとても好きだ。同じ小学校のヤツは誘わなくても大体来る。中学に入ったから知り合いが減るんじゃないかと思っていたけど、意外とみんな集まる。盆踊りをやってるのはこの公園ぐらいだから、顔ぶれは変わらない。うちの家族も全員行くから、この日の晩ご飯は父さんにもらった千円を好きに使うことができる。いつも二百円の焼きそばを食べて、残りの八百円を自分のお小遣いにしている。

 僕はせっかくだからと思って陸上部全体に声をかけ、小学校が違う友達もたくさん呼んだ。今年は去年よりもっと楽しくなりそうだ。

 盆踊りは六時ぐらいから徐々に始まる。僕は七時ぐらいに焼きそばを買って夕食を済ませ、いつでも遊べる体勢を整えた。七時半からは手持ち花火が配られる。


 木村と須藤に会った。珍しく浴衣を着て髪飾りをしている。しかし、アイツは一緒じゃなさそうだ。


「よ、」

「お、ハッシー」

ハモった。この二人は双子なんじゃないかと思う。


「そういえば、林田は?」

「ミサ、やっぱ来てないよね?」

と木村が言った。

「まー、去年も来てなかったし、この時期は家族旅行でもいってんじゃん?」

と滑舌悪いの須藤が言った。

「そっか」と僕の口からこぼれた。


誘ってないのか?と言おうと思ったが、そもそも誘われてくるものでもないから言わなかった。そういえば、アイツは去年も来てなかった。小学校の頃は妹も連れて毎年来てたのに、去年は来てなかった。毎年水風船をぶつけて追いかけられた気がするけど、去年はそれがなかった。


「ハッシー!ユキがたこ焼き食べたいって!」

と須藤が突然言い出した。

「たこ焼き?あー、あっちにあったよ。行ってくれば?」

「うちは、焼きそば派だから!」

「俺、もう焼きそば食べたからいいよ」

「いいから、ユキのことよろしくー!」


 須藤が木村を置いていってしまった。順番に回ればいいのに、さすがに双子とは言え、好みが違うと大変だなと思った。しょうがなく木村をたこ焼き屋の前に連れて行く。煙の中で色とりどりの具が次々と楽しそうに丸められるたこ焼きが、ラグビーボールみたいで、僕も食べたくなってきた。何で焼きそばが二百円なのに、たこ焼きは三百円もするんだろうと不思議でたまらなかった。

 

遠くに健二郎を見つけた。

「健二郎!」


手を振って呼びかけると、健二郎はこちらに気づいて、手を振り返したと思ったら、なぜかこちらには来ず、バスケ部のかたまりの方に吸収された。色んな人と仲良くするのは良いことだと思ったが、少し寂しくもなった。


 我慢できず、今日だけで五百円使ってしまうことになった。ガタガタのアウトドア用テーブルに空きがあったので、木村と一緒にたこ焼きを食べることにした。


「ねえ、ハッシー」

「ん?」

「ミサのことなんだけど」

「あー、小学校の時は毎年来てたよなと思って。別に用事があるとかじゃなくて」

「前、メールくれたじゃん?あの後、なんかあった?」

「あー、俺の母さんがちょっと心配してて。いじめられたりしてないわよね?って。でも木村があー言ってくれたから俺も別に心配してないし」

「そっか」


 沈黙が続いた。木村がいつになく暗い。もしかして、本当はなにかアイツの情報をつかんでいるだろうか。これは聞き出しても良いのだろうか?この感じの木村は初めて見るからどう接するのがいいかわからない。稲垣キャプテンならどうするだろうか。これは落ち込んでいる主人公に自分が一年生の時はもっと酷かったみたいな話をするところか?その感じか?


「木村、なにかあったのか?」

「ミサにミクっていう妹ちゃんいたじゃん?」

「あー、盆踊りも一緒に来てたよな?一個下だったっけ?」

「その子最近全然見ないんだよね。っていうか同じ中学のはずなんだけど、中学で一回も見たことなくない?」


 ちょっと待て、木村。

 何かの悪い予感とあの時のゾッとする感じが僕の背中を登ってきていた。僕が考えを始める前に木村が言葉を続ける。


「いや、だから何ってことはないんだけど、ちょっと気になるっていうか」


確かに気になる。ちょっとどころではない。


「それでね、夏休み前に三人でやっぱ夏はお祭りだよねーとか言って話しててー、そういえばミクちゃん元気?とか聞いたら、ミサなんか元気なくなっちゃって。それ以上なんか何も聞けなくなっちゃって。」

「木村、」

「ちょーダサいよね。いじめるヤツは許さないとか言って、うちらミサのこと全然わかってない」

「木村、」

「もうマジでし…」


言ってもダメだと思って、稲垣キャプテンみたいにビンタしようかと思ったが、それはもっとダメだっと思って、勢いで木村の手首をつかんでしまった。幸い、木村はそれ以上何も言わなくなった。正直、木村があの後続けて何を言おうとしたのかはっきりとはわからなかったけど、絶対ダメだと僕の勘がはたらいた。

 しかし、まずいことに変わりはない。僕の中の稲垣キャプテンはずっと「走れ!」と言っている。危険信号だ。少し待ってください。走るにしても作戦が必要な気がします。「走れ!」わかりました。キャプテン、行きましょう。


「木村、林田に電話できる?」

「え?い、今?」

「今!行こう!」

「う、うん」

「かけて!立って!」

『え、ちょっ』


僕は木村の手首をつかんだまま走り出した。途中視線に入ったので、「健二郎!いくぞ!」と言いながら、健二郎の左腕を引っ掛けた。少し戸惑っていたが、一瞬のうちに何となく状況を察したようで、嬉しそうに僕と並んで走り出した。健二郎は本当にすごい。


「あ、ミサ出たよ!」

「今から家行くって言って!」

「もしもし、ミサ?今から家行くから!」

「木村!アイツの家って神社のどっち」

「知らないのに走ってんの?」

「知らねーよ!」

健二郎はずっと爆笑している。

それに釣られて僕も爆笑した。


木村の限界が来た頃、速度を落として歩きに切り替えた。

そこからは木村を先頭に、アイツの家に向かった。

「そういえば、アイツなんて言ってた?」

「ずっと、え?え?ちょっとって言ってた」

「まー、そうだよな」

「ここだよ」


 神社の前の道から一本入った平屋がたくさん並ぶ、入り組んだエリアだった。夏場とは言え、夜七時以降にこの辺りを一人で歩くと相当怖いだろう。何とも不気味な頼りない街頭と明るすぎる自動販売機の明かりが蛾を取り合っている。


「ちょっと!どういう状況!?」


すごくびっくりして全身に力が入った。健二郎は「ひゃっ!!」と聞いたことのない高さの声を出してひっくり返っていた。おかげで気が楽になった。

息切れした須藤が合流した。説明は面倒だったので、須藤には行けばわかるとだけ言っておいた。


「よし、行こう」

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