第11話 天才と風呂の後
夕食の後、お風呂の中で、やっぱりあの時母さんに、どういうことか詳しく聞いておけばよかったと思った。でも、母さんがあそこで黙ったのは大人として失敗だったんじゃないかと思う。もちろん、僕がアイツに日々挑もうと作戦を練ったり、情報を集めていることを母さんは知る由もないから、アイツに興味を持っている人が聞かないとなんとも思わないかもしれない。だから、母さんが悪いわけでもない。しかし、あの言い方は母さんが「アイツから何かを感じて、いじめらているかもしれないと思った」としか言いようがない。
アイツがいじめられている?
そんなことはない。はずだ。少なくともクラスでも部活でも、僕が怪しまれない程度に観察しているから、見れば大体わかる。
アイツは適度にちゃんと笑うし、適度に存在感がある。
僕はいじめについてそんなに詳しいわけじゃないが、小学校の頃は誰もが一度は回ってくるいじめられる期間というのがあって、僕もその対象になったことがあるから、いじめられた時の気持ちはわかる。
絶対にちゃんと笑えないし、絶対に存在感をだせない。
本当にいじめられているとしても、その場を乗り切るのが精一杯で、気づいた時には自分の番が終わっていたりする。そもそも認めたくないから大人に言ったりしない。ただ、時間が経つのを待つだけだ。
もちろん、僕の見ていないところでいじめられていて、それを少しも表に出さないということがアイツにはできるのかもしれないが、そんなヤツが母さんの鈍いセンサーに引っかかるとは思えない。その前にアイツと仲の良い先生のレーダーに引っかかりそうだ。
いじめは絶対にダメだと言えるけど、僕の学校に限らず、いじめは確実にあると思うし、いじめと言えるか微妙なものもあれば、いじめに見えて本当に遊んでるだけということも確実にある。どこからがいじめかなんて僕らにもわからないのに、大人にはもっとわからないと思う。
普段よりお風呂に浸かっている時間を延長するほど考えてしまうという時点で、すでに母さんの心配を完全に否定できていない自分の未熟さが嫌になる。つまり、検討の余地があるということだ。
アイツがいじめにあっているとしたら、休み時間、部室、帰り道?
クラスより部活内でいじめられている可能性は高いか。先輩か、同い年か、もしくは両方か。どっちもありえなさそうではあるが、正直女子のことはわからない。やっぱり情報が少ない。今すぐお風呂から上がって誰かにメールしよう。
こういう時に聞けるのは木村か須藤ぐらいしか僕のアドレス帳に名前がない。須藤はすぐに恋愛に結びつけたがるから、考えるまでもなく、やっぱりここは、意外と鋭いでお馴染みの木村にしよう。しかし、何と言おう?
こんなことは考えたくはないが、仮に木村もいじめの共犯だったら、、
いや、それはない。
僕はあの時声をかけてくれた木村の優しさを信じることにした。
「よっ。いきなりなんだけど、林田っていじめられたりしてないよな?」
文面はこれでいいか。いつも通り少し軽く入って、サラッと要件を言うスタイル。これで真剣さと僕の気のせいだったらそれでいいんだと言う感じが出ている。
よし、送信。
木村は親と一緒に使っている携帯って言ってたから、そんなに返信は早くないかもしれない。今のうちにちゃんと寝間着を着て、氷を入れたコップに鉄っぽい味のするスポドリを入れて返信を待とう。
(着信音♪)
バスタオルをハンガーにかける間もなく、返信が来た。
「は?なにそれ?」
怒っているのか?この後は「なんでお前がそんなこと聞いてくるんだよ」なのか、それとも「誰に聞いたの?」なのか。たまに鋭いヤツというのは僕の考えをどこまで汲み取っているのか逆にわからない。僕と木村はいつもどんな文面でやりとりしていただろうか。僕は木村のこの文面が怒っているのか、なんなのか、過去のものと比べてみた。その結果、木村はどんな文面でも、最後に記号で構成された顔文字で感情を表すことがわかった。つまり、今は困惑してるか怒っているかという感じだろう。
そんなことを考えている間に次のメールが来た。
「そんなわけなくない?そんなヤツいたらゼッタイうちがゆるさないし」
ひらがなとカタカナだけで構成された、一見不真面目に見えるメールがなぜか今の僕にはすごい安心感を与えてくれた。やっぱり木村は将来いいお母さんになりそうだ。
「そうだよな。俺の気のせいだ。気にしないでくれ。やっぱり木村は将来いいお母さんになりそうだ。」
思った通りの言葉を返した。
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