第10話 天才の疑問2

 そこまで考えて家にたどり着いてしまった。去年までは白かったのに改装してから肌色になってしまった広い道路沿いのマンション。中身はボロボロなところもあるのに外側だけ綺麗に塗り直されている。九階建てなのに、僕の家はその一階だ。


「ただいま」

「おかえりー」

母さんがいる。今日はパートが夜からなのか、台所で夕飯を作っている。


「あんた、図書室で騒いで先生に怒られたんだってね」

母さんが背中を向けたまま、まるでおもしろいテレビを見た時のように言ってきた。母さんはたまにこうやって学校の友達のように僕に話かける。


くにおちゃんめ、あれだけ怒ったのに、家にまで電話しやがって。そう思ったが、母さんが怒ってない様子で、それ以上何も追求してこなかったので、ひとまず安心して、こっちから確認した。

「先生から電話?」

「いいや、さっきそこで林田ミサちゃんに会ってねー」

「林田?なんて言ってた?」

「うちの子、最近変なことしてない?って聞いたら、『ちょうど今日放送で呼び出されてましたよ』って」

「そのあとは!?」

「え?何したのかしら?って聞いたら『図書室で大きい音出してたみたいですよ。何してたんでしょうね?』って『でも、怒らないであげてくださいね』って」


 アイツにそこまで聞かれてたのか。くそ。恥ずかしいところをバラされてしまった。なんだ、怒らないであげてくださいねって。何様のつもりだ。

いや、でも、そこじゃない。もっと変な違和感がある。

アイツ、図書室にいたんだ。確かに僕たちが先生に怒られている中身を聞けば、「図書室で騒いでいた」ということはわかる。でも、「本当は大きい音を出していた」ということまでは、あの現場を見ていないとわからないはずだ。確かにそんなに真剣に探したわけじゃなかったけど、僕らが入ってから一度も見かけず通り過ぎるなんてことあるか?よっぽど隠れてない限り無理だ。


やっぱり、アイツなのか?先生に通報した犯人は。


あくまで仮説かもしれないけど、その方が目的・動機がはっきりする気がする。

何らかの理由で僕と健二郎があれ以上準備室に近寄らないように止めようとしたんだ。そうとしか考えられない。それも、あのタイミングからして、準備室が鍵を握っているに違いない。やっぱりアイツと準備室には何かある。


しかし、この時僕は、何かがわかってきているワクワク感とは別に、何か気持ちが悪いものを感じていた。


「ミサちゃんって、学校でいじめられたりしてないわよね?」


突然出てきた母さんの言葉に、僕はなぜかゾッとした。


「え?なんで?」


母さんは長めに黙ってから、「ごめん、なんとなく」と言った。

その間も僕のゾッとした時の肌の感じは消えなかった。

母さんはテレビを見ていても、芸能人の名前は覚えられないし、ドラマの展開をいつも僕たちに聞いてくる。的外れなことばかり言うが、長めに黙った後にはいつも家族の爆笑を誘うフレーズを残してくる。しかし、今のはすごく歯切れが悪かった。僕は母さんが本当は何か言おうとしてやっぱりやめたことには意味があると思ってそれ以上聞かなかったし、何より聞くのが怖かった。


 今日の夕飯はカレーと素麺らしい。

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