第17話 天才と夏休みの始まり

 夏休みが始まって三日経ってしまった。

 夏休みは午前中部活、午後は誘われたら遊びに行くし、誘われなければ宿題の時間ということにしている。たまに土日には部活の大会があるけど、それ以外は休みだ。兄ちゃんのスパイクがあるからという理由だけで始めた陸上だけど、小学六年生の時に初めてリレーの選手に選ばれてから走るのは好きだったので、本気でやっている。本気でやっているからといってそこまで才能があるわけではないので、もしかしたら、周りからは適当にやっていると思われるかもしれないが、それに文句を言うほど、情熱があるわけじゃない。だから部活の時間以外にランニングをしたり、公園で練習したり、家で筋トレをしたりはしない。


 結局、僕は期末テストが終わっても何の計画も立てず、行動も起こしていない。今日も部活が終わってから逃げるように学校を出てきてしまった。さっきお昼ご飯を食べたと思ったのに、もう二時だ。僕は何をしているんだろう。今まで部活も勉強もやる理由より行動が先に来ていたのに、アイツと準備室のことは全然手がつけられない。いっそ、なかったことになれば良いのにとさえ思っている。こんなことは初めてだ。こういうヤツを社会のゴミって言うんだろうな。


 僕は毎回というわけではないが、こういう時は兄ちゃんと話をしたくなる。何かを相談したことは一度もないけど、関係ない話をしていても兄ちゃんと話をすると気持ちが落ち着く。


「それ、新しい漫画?」

「おん、ウッチャンに借りてきた」


 我が家は自分の部屋もお小遣いもない。だから、寝る部屋ぐらいにしか自分のスペースがなくて、そこにタンスや布団があるから、物を置くところもない。もし新しいものがあればリビングに集まるからすぐ気になるし、いつもそれを持ち込むのは兄ちゃんだった。高校生になってから少しバイトを始めてその機会が多くなった。兄ちゃんは今日もリビングで部屋のサイズと不釣り合いなソファーに寝転びながら漫画を読んでいる。 


「何の漫画?」

「ラグビー」

「おもしろい?」

「読んでみ」

「うん」


そういえば、兄ちゃんとしゃべるのは久しぶりだった。兄ちゃんは普段は部活で遅いし、休みの日はバイトか遊びかわからないが、外に出ていく。今日は珍しく家にいる。うちの家族は仲が悪いというわけではないけど、父さんと兄ちゃんの会話はほとんどない。僕はそのことについて、静かで良いと思うし、これがドラマで出てくる反抗期だと思っている。あっという間に一巻読み終えた。


「おもしろいじゃろ?」

「おもしろい。このキャプテンの人、すごいかっこいい」

「そこか。さすが我が弟」


 兄ちゃんは僕と目を合わせるでもなく、それだけ言って、黙々と漫画を読み進めている。僕も手を止めず兄ちゃんの後を追いかけるように積まれている漫画を読み進めた。

 僕は兄ちゃんのことをあまりかっこいいと思ったことはないけど、優しい人なんだろうと思う。兄ちゃんに勉強を教えてもらったことはないし、兄ちゃんってすごいなって思ったこともないけど、いつも新しい、面白いことを探して、人生を楽しくしようとしている感じがする。

 それに比べて僕は、やるべきことばっかり適当にやって、それを言い訳にして、それ以上に楽しいからやるとか、自分の気持ちに正直になるということを全然していない。それでもいいかもしれないけど、このラグビー漫画に出てくるキャプテンみたいにかっこいい人にはなれないだろうと思った。


 かっこいいことをしようと決めた。

 とりあえずこの漫画を読み終わったら、腕立て伏せでもしよう。

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