数年前のお盆。

 まだコロナの行動制限の前の話だ。

 久々に帰省してきた友人Aの家に暇にまかせて集まろうぜ、ということになった。

 友人Aは実家の離れの小屋を自分の部屋として使っていたので、昔からたまり場になっていた。数年前にAが帰省してきた時も、やはり家族に気兼ねせず騒げるのでAの離れが集合場所だった。今回もそうだった。

 集まったメンツは今は名古屋の会社に勤めている友人A、地元長野市の電気工事会社勤めの友人B、果樹農家を継いだ友人Cと東京の会社に勤めている俺の4人。高校の頃からの腐れ縁だ。

 時間はAの家に集まった時点で21時近くだった。

 皆、お盆で家族や親類などと身内の宴に付き合う必要があり、親族一同の腹が満ち何となくお開きになるのが、どこの家でもだいたい20時過ぎくらいだったのだ。


 21時過ぎにAの家に行くと、既にB、Cも来ていた。

 BとCは地元に残っているので度々顔を合わることもあるようだが、俺は1年振り、Aとは3年振りに会ったので互いに近況を報告し合った。

 Aが名古屋栄のキャバ嬢に入れあげてフラれたという話をしたのを皮切りに30過ぎの男の集まりとしては当然の浮いた話に話題は移ったが、Bも俺もそれらしい話は出せなかった。出会いも何もなかったためだ。

 まあ俺も含めて高校時代からモテる奴らの集まりではないから仕方がないのだが、それにしても30過ぎて皆女っ気が無いというのも寂しい話だ。

 そんな中、とりわけ一人口数が少ないのがCだった。

 家業の果樹農家を継いだCは、普段からそんなにペラペラと話す奴ではなかったが、今日はいつに増して喋らず、暗い。

 そんなCにも近況を訊ねようと俺やAが話しかけるが、「おお」とか「ああ」と生返事をするばかりで、がっしりした体格を持て余すかのように体育座りしている。

 するとBがCに許可を得て近況を話してくれた。


 Cは、付き合っていた彼女がいたのだが、2週間程前に突然音信不通になって連絡がつかなくなったそうだ。勤め先のスナックに行ってもずっと欠勤していると言われ彼女の住んでいたアパートに行っても常に鍵がかかっており不在なのだそうだ。

 当然スマホも繋がらない。

 それでずっと落ち込んでいるのだという。

 見かねたBが久々に元気づけようと今日呼び出したらしいが、そんな事情ならこの落ち込み様も仕方がない。

 ただ、それ、本当に付き合ってたのか? 単に金づるにされてたんじゃ? という疑問が頭をよぎったが、それは友人として口には出さずに飲み込んだ。


 2時間程度そうして駄弁ってまったりしたところでBが、Cの気晴らしのために海に行って酒でも飲まないか、と提案してきた。

 長野市東部で海といえば当然上越市。一番近いのは関川河口沿いの船見公園だ。夜なら道が空いているので1時間程度で着く。長野県北部民の夏の定番だ。

 目的地は簡単に決まった。

 俺、A、Cは各家の親族の集まりでアルコールを既に飲んでしまっていたが、言い出しっぺのBは下戸で飲んでいなかったため車を出してくれることになった。


 Bの運転するプリウスに乗り俺達は国道18号線を北上した。

 夜の国道18号線は空いており、信号も長野市豊野を過ぎてしまえばそれ程ないので、プリウスなんてオッサン臭い車買ってんじゃねーよ、何言ってんだよ4ドアだから乗り降り楽だろ、などと駄弁っていると野尻湖入口近くのコンビニまで20数分で着いた。

 俺達しか客が居ない店内でだらだらと缶ビールに適当なつまみを選んで買い込んだ後、野尻トンネルを通過し廃ホテル街を抜け「ホテルセリーヌ」が見えてきたのは日付が替わった0時ちょうどだった。


「ホテルセリーヌ」の前の国道18号線は県境の信越大橋まで緩く長い坂になっており、長野から上越、妙高方面は片側1車線だが、反対車線は登りになっているため登坂車線が設けられており実質3車線分の広さがある。

 それにあかして「ホテルセリーヌ」に肝試しなどに行く者たちは路肩に車を寄せて停めていることが多い。

 今夜も誰か行っているようで、「ホテルセリーヌ」前の路肩には一台の黒のワンボックスカーの赤いテールランプが遠目に見えた。


 俺達の車は、その横を少し幅を取って何事もなく通り過ぎるはずだった。

 だが、そのワンボックスカーは男が2人車内に慌ただしく駆け込むや否や急発進した。

 後ろから俺達の車が近づいているのがわかっているにも関わらずだ。


「危ない!」

「ふざけんな!」


 助手席に乗っていた俺が思わず叫ぶのと、Bが急ブレーキを踏みながら毒づくのが同時だった。


 Bが対向車線にはみ出るようにハンドルを切りながらブレーキを踏んでくれたおかげで、スピンして半回転し登坂車線に逆向きになって俺達の車は止まり、辛うじて追突は避けることが出来た。


 黒のワンボックスカーは、そのままアクセルをべた踏みして国道18号を妙高市方面へ走って行き、俺がシートベルトに締め付けられながら無理やり後ろを振り向いて確認したら、ワンボックスカーは旧18号線の分岐にあるオレンジのロードライトの向こう側を遠ざかっていくのがリアガラス越しに見えただけだった。

 後部座席に乗っていたAとCは、シートベルトはしていたものの、左後部座席に座っていたCの上にAが倒れ込むような姿勢になっていた。

 Aは急いで身を起こし、Cはぶつけたのか左側頭部を押さえている。


「うっわー、マジかよ、信じらんねー! 明らかに俺達の車来てんのわかってんのに何考えてんだよ! YouTuberかよ、ふざけやがって!」


 両手でハンドルを握りしめたBが緊張で声帯の抑制が効かないのか甲高い声で怒りをあらわにする。

 当然だ。

「ホテルセリーヌ」前の国道18号は緩い下り坂だったし、前に車は走っていなかったから時速80km以上は出ていた。

 だいたいこの辺りを夜走る車は、それくらいの速度は普通に出して走っている。それは自分たちが何km/hでこの廃ホテルまで来たのか、思い出せばわかることだろう。


「あ痛ったー、Cの肩に頭ぶつけたわ、頼むぜホント」

 Aが、止めていた息を吐き出すかのようにそう漏らし、続けて「ホテルセリーヌに肝試しに来てた奴らか? こんなとこ来たって幽霊なんざ出ないだろうに」と、頭をさすりながらそう言う。


「とりあえず、ホテルセリーヌの前でUターンしようぜ」


 Bの車は反対方向を向いてしまっていたので、俺はそう提案した。

 今のところ妙高市方面から来る車のライトは見えないが、そうは言っても国道18号線は大幹線道路のため、いつ車が来るかわからないのでこのままって訳にはいかない。

 Bが「……わかった」と言って車をゆっくり動かし「ホテルセリーヌ」の前の少し広くなった路肩にそろりと回り込んで向きを変えた。


「ほのかっ!」


 その時、突然Cが叫ぶとシートベルトを外し、まだ車が動いているのに後部座席のドアを開けて外に飛び出した。


「おい、C!」


 Aの叫び声に反応し、Bが車を停める。

 俺とAも外に出てCの様子を見ると、Cはまだ動いている車から飛び出たため地面に転がっており、立ち上がろうとしていた。

 俺達が駆け寄り肩を貸そうとすると、Cは無言で俺達の手を振り払い、ホテルセリーヌの敷地と道路を隔てる塀に向かってよろよろと歩き出す。

 Cは額を押さえている。

 Aがスマホのライトを点け「C、怪我したんじゃないか」と言って塀に両手を突いて立っているCの顔を照らすと、Cの額は擦り剥けており、血が少し流れていた。


「C、とりあえず怪我の手当した方がいいって。コンビニ行くから車乗ろうぜ」

 そう言って俺がCの肩に手をかけると、Cは全く俺達のことが目に入らないと言った様子で壁に両手を突いて下向きのままブツブツと呟やいている。


「ほのかが、そこに居たんだよ……こんなところに居る訳ないのに……」


「C、何言ってんだよ、ほのかって誰だよ」


 俺は、Cのおかしな言動に何となくうすら寒い気分になり、そう尋ねつつCの肩に置いた手を浮かせ1歩後ずさった。


 その瞬間、Cは身を屈めたと思ったら物凄い勢いで塀に飛びつき、両手を塀の上の縁にかけて塀を乗り越えた。


 咄嗟とっさにAがCの足を押さえ引き留めようとしたが間に合わない素早さだった。

 Cは塀の向こう側の雑草の藪に落ちたらしく、ガサガサっと大きな音がしたが、そのままワサワサと藪を掻き分けて何かブツブツと独り言を言いながら「ホテルセリーヌ」の建物の壁沿いを移動しているようだ。

 やがて外階段を見つけたのか足音を響かせて2階へ駆け上っていったようだった。


 俺とAは、後を追おうにも辺りが真っ暗でとても後を追える状況ではなかった。明かりと言えばBの車のヘッドライトが眩く「ホテルセリーヌ」の敷地内に生えた人の背丈ほどもある雑草の藪とその向こうのスギ林を照らしているだけであり、その照り返しがうっすらと「ホテルセリーヌ」の薄汚れたコンクリートの壁を浮き上がらせている。

 藪に入れば足元は真っ暗で、怪我をせず進める自信はなかった。


 一度路肩に寄せて停まっていたBの車に戻り、BにさっきのCの様子を話すと、Bはやるせないといった表情で「ほのかって言うのはCの付き合ってた彼女のことだよ。音信不通になったっていう」と言い、「Cを放っとく訳にはいかないだろ。もしかしてさっきのアレで頭を打ったせいで幻が見える感じになってるのかも知れない。とりあえず救急外来に連れて行って頭部外傷の検査してもらわないと」


 そう言うとBは後続車からの追突防止のためハザードランプだけ点けてエンジンを切り、後ろのトランクから電気工事の仕事で使うヘッドライトを取り出して、自分の頭に付けた。


「とりあえず、行こうぜ」


 Bはそう言って、藪を照らしながら掻き分けて行く。

 見たことも無い多くの虫がBの動きにつれて藪から飛び出し、暗闇に消えていく。

 俺とAもスマホのライトを点け足元を確認しながら、手で飛んでくる虫を払い除けつつBの後に続いた。


 藪は「ホテルセリーヌ」のコンクリート外階段まで2m程度続いていた。


 Bは俺達が来るのを待っていたが、俺達がコンクリートの濡れ縁まで来たことを確認すると外階段を昇り始めた。







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