廃ホテル
桁くとん
前置き
国道18号線を長野県側から新潟県妙高市に向かって車で走り、野尻トンネルを抜けると両脇にラブホテルが数軒見えて来る。
昼間はわかりづらいが夜に18号線を走っていると右側のラブホテルは明るくライトが点き営業しているのがわかるが、左側に見える2軒は真っ暗で、すでに廃業していることが確認できる。
この辺りは長野県と新潟県の県境であり、長野県北部に住む長野県民にとっては新潟県の海レジャーに行くに当たってほぼ必ず通る道である。
以前は若い長野県民のカップルが大勢このラブホテル群を利用し繁盛していたが、レジャーの多様化や建物設備の老朽化によって客足が落ち、今から15~20年程前に廃業になった所が多い。
そこから更に国道18号線を走ると体感時間で1分経たぬうちに左手側にもう1軒、廃ラブホテルが見えて来る。
この、ポツンと他の廃ラブホテル群からやや離れたところに建っているのがネット等で有名になってしまった廃ラブホテル「ホテルセリーヌ」である。所在地は長野県上水内郡信濃町野尻3635。
ここは長野県有数の心霊スポットとして小県郡御代田町にある軽井沢大橋と並んで有名になっており、廃墟探索系や心霊系YouTuberの動画撮影場所として頻繁に取り上げられている。
「ホテルセリーヌ」が他の廃墟と違い異様なのはホテル内のあちこちに妊婦の落書きが描かれていることで、全部で16か所確認できる。
全部同じ人物が描いたと思しき妊婦の落書きは、荒れ放題になった客室の壁はもとよりベッドのマットや窓ガラスにも描かれている。もっとも現在「ホテルセリーヌ」の窓ガラスは全て窓枠から割れて室内に落ちているため、窓ガラスの妊婦の落書きは余程注意して見ないと見つけるのは難しくなっている。
1980年代の安いエロ劇画タッチで一人一人の妊婦のストーリーが文字で書き込まれ、描いた人間の執拗な妄想と執念がある意味恐ろしくもあり、おかしくもある。
この妊婦の落書きを10か所以上写真に収めた者には祟りが降りかかる、という噂があるが、この他にも「ホテルセリーヌ」に纏わる心霊的な噂話は幾つかある。
曰く、「女性の霊が出る」「フロントにあるオーナー夫妻の写真が話しかけて来る」「部屋に入ると勝手に扉が閉まり閉じ込められる」「部屋の窓の外側から赤い手形が幾つも着けられる」などである。
ここでそうした怪異が起こるのは、この「ホテルセリーヌ」で複数人に暴行され命を絶った女性がいることと、「ホテルセリーヌ」が廃業してから数年後に駐車場で暴走族によって浮浪者が焼き殺されたから、それらの霊が無念を晴らすためこの場所に留まっているからだと巷では噂されている。
ただ、地元の人間からすると「ホテルセリーヌ」で過去にそうした事件事故は起こっておらず、全くのデマだということは周知の事実だった。
地元新聞の「信濃毎日新聞」は、地域の小さな事件、それこそ振り込め詐欺の未遂事件なども報道している。
殺人などの大事件は滅多に起こらないため、実際に「ホテルセリーヌ」で自殺や焼死体が出たりしたら大々的に報道されるのは確実なのだが、これまで「信濃毎日新聞」に、例え地域面の小さな記事でもそうした事件が報道されたことはなかった。
だから実際のところ幽霊が出るような謂われは一切なく、単に老朽化が進んで不気味な雰囲気を漂わせるようになった廃ラブホテルに、誰かが偏執的に描いた妊婦の落書きが更に不気味さに拍車をかけているという、ただそれだけの建物なのだ。
普段はだから、長野市から上越市に行く途中にある「ホテルセリーヌ」を見ても、もうそろそろ信越の県境だな、くらいの感想しか持たなかったし、時々夜に「ホテルセリーヌ」の前に停車している車を見かけても、何もないのに肝試しか暇だな、くらいしか俺達は関心を示さなかった。
そんな訳で、俺達はわざわざ「ホテルセリーヌ」に肝試しに行こうなんて思った事も無かった。
だが、一度だけ、ひょんなことで深夜の「ホテルセリーヌ」に足を踏み入れたことがある。
今から話すのは、その時の体験談だ。
思い出しても意味がわからない部分があるのはご容赦願いたい。
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