第6節 旅のおわり
「先ほどのきみのセリフをそっくりそのままお返しするよ」指令は軍服の襟の位置をなおしながら言った。「残念だったな」
返す言葉もなかった。なに一つとして、現状を打開できる
ジェイとアイは肩を寄せあい身を硬くして、きたるべきときに備えることしかできなかった。ガス室に送られるの待つだけの、悲劇的な民族のように。
充分に距離をとったまま、熱のない声で指令は言った。「すこし話をしようか」
「いったいなにを?」ジェイ首をひねった。「端的に結論からどうぞ」
「私に生意気な口を聞かない方がいい」
「忠告をどうもありがとう」ジェイは薄く笑った。「まえに同じことを言った奴がいたよ。ミミクリーと人間の品性は、そう大差ないようだな」
「なかなか興味深い考察だ」指令は眼鏡を押し上げて言った。「そいつはどうなったんだ?」
「殺したよ」
「きみは私を殺すことができない」
「構わないさ。もうすべておわったんだ」
「きみの弟の死の真相がわかったから、もう満足というわけか?」
一拍の静寂が流れた。ジェイとアイを取り囲む軍隊はほとんど身じろぎもせず、機関銃を構えたまま不動だった。
「把握していたよ。先ほど射殺した男……クレメンザといったか? 地下政府からの報告を通じて」指令は一歩だけ前に歩み出た。「真相を知って、きみはなにを思った?」
「別に」ジェイは平板な声で言った。「ああ、そうだったのか。それだけだ」
「きみは実に素晴らしい」指令は満足げに言うと、ジェイとアイのすぐ目の前まで歩み出た。「それでこそミミクリーだ。物事に動じす、切り替えが早く、実際的で情緒に欠ける。精神のみならず肉体もタフで、睡眠時間は短く、損傷や疲労の回復が早い。くわえて創造性が欠如しているから、余計なことに考え至ることがほとんどない」
「なにが言いたいんだ。結論は?」
「きみが宇宙にあがれ」指令は両手を広げて言った。「現状、あらたなミミクリーを生産することができないんだ。やむなく殺した開発者の一人が、意図的に情報を改ざんしていてね。自分の身に危険が及んだときの、交渉材料にでもしようとしていたのだろうが。きみたちの存在は、まさに奇跡としか言いようがない」
「断る」ジェイは首を横に振る。「すべてを知ったときの感想を補足しよう。おまえらを一人残らず殺してやりたいと思ったよ。理解はしても納得したわけじゃないんだ。まっぴらごめんだね」
「そう意固地になるな」
「無駄だ。早く殺せ」
「殺すわけがないだろう。きみたちミミクリーは、我々の貴重なリソースなのだから」指令はジェイとアイを交互に見てから言った。「きみがどうしても宇宙にあがらないのならば、ほかのミミクリーを連れていくまでだ。もっとも、きみの意志とは関係なく、無条件に言うことを聞かせることだってできるが」
「知ったことじゃない。好きにしろ」ジェイは再び首を横に振る。「僕はおまえらに協力しない」
「どうやらまったく話が理解できていないようだな」指令はため息を漏らした。「いいか? ミミクリーを開発したのは我々だ。きみたちは明確な目的にそって戦略的に生み出されているんだ。その目的を達するために、我々が主導権を握り、きみたちをコントロールできるように設計している。きみたちに言うことを聞かせるなんて造作もないことだ。ソースコードを書き換えるように」
「わたしが宇宙にあがる」出し抜けにアイが言った。
少しの沈黙が降りてから、ジェイは言った。「だめだ」
「宇宙にあがるミミクリーは一人でいいのかしら?」アイは指令に訊いた。
「現段階では一人の計画だ」
「ならばわたしがいくわ」
「賢明な判断だ」指令は微笑み、深く頷いた。「きみたちのいずれも宇宙へあがらないのであれば、地上のミミクリーをすべて強制的にアップデートするまでだ。一から状況を説明して、合意を得たうえで宇宙に連れていくなんて、そんな面倒な手順はふまない。もっとも、ミミクリーに関する機密保持の観点から、望ましい方法ではないが」
「強制的にアップデートすると、わたしたちはどうなってしまうの?」
「ひらたく言えば、感情という機能が停止される」指令は冷徹に言った。「ほかにやりようはいくらでもあるが」
「そんなのいや」アイは首を振り、ジェイを見た。「わたしたちが書き換えられてしまうなんて、そんなのわたしはいや。だったら、わたしが宇宙あがる」
「だめだ」
指令は笑った。「きみは聞きわけがよく、とても賢い。そこの愚かな男とは大違いだ」
「だめだ」ジェイは半歩前に出た。「僕が宇宙にあがる」
指令は拳銃を引き抜くと、握りしめたまま勢いよくジェイの頭に打ちおろした。鈍い音が響き、ジェイはその場に倒れた。
「うすのろが」指令は冷ややかに言った。
ジェイは片膝をついて起き上がり、見上げるように指令を睨みつけた。アイはジェイの肩を支え、口を強く硬く結んだ。
「いいだろう、きみが宇宙にあがるんだ」指令はジェイを見下ろしたまま言った。
「ああ」ジェイは頷き、床から立ち上がった。「どうしたらいい?」
「このまますぐに宇宙へむかう」指令は踵を返し、歩き出しながら言った。「本来はヴォドフライヴィチをあげる予定だったんだ。貴様があがるとなると、訓練が必要になる。計画に遅れが生じないように、わずかな時間も無駄にできない」
軍人が両脇を抱えるようにやってきたが、それをすり抜け、ジェイはクレメンザとエルの亡骸に近づき、かがみこんだ。アイも近づいてしゃがんだ。すこし離れて横たわる、ヴォドフライヴィチと骨の亡骸も見やった。
「こいつらの遺体はどうするんだ?」だれにともなく、あたりを見回してジェイは訊いた。
軍人はだれもなにも答えなかった。足を止めた指令が振りむいて言った。
「地下都市まで運び、適当に処分する。早くしろ」
ジェイは立ち上がった。アイもそれに続いた。ジェイは歩き出し、旅がおわったことを実感した。
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