第8節 ホワイトハウス

 ジェイもアイもエルも、政府最高会議ビルの外観を見て内心驚いた。よく似た崩れかけの建造物が、エフの市街地から西に三キロメートルほどの地点に――地上にあったからだ。


 実際のところ、政府最高会議ビルの座標は、エフにある廃墟と一致している。三人は悟った。廃墟となったエフの巨大な建造物は、大戦前が起こる前の政府最高会議ビルだったのだ。また、一致しているのはそれだけではなかった。エーの二層に張り巡らされた道路は、ほとんどエフの路線と一致していた。


 政府最高会議ビル――通称ホワイトハウスは巨大だったが、その周りに立ち並ぶビルディングたちと比較して、高さはそれほどでもなかった。旧時代のものを模してつくられているからだ。


 ジェイたち三人とアレクセイは、人工河川かせんに面した広い道路のむこう側にホバーカーを停め、ホワイトハウスを遠く遠くから眺めた。


 コの字型の堅牢な監獄のような低い建物が前方にせり出し、その奥に横長のビルディングがそびえている。中心には一段高いタワー塔が伸びていて、上部にあしらわれた金色の鷲の国章が、陽光を受けて鈍く輝く。タワー塔からは一本のポールが天にむかって直立し、その先端で三色旗がはためいている。人々の行く末を風むきで占うかのように。


 ジェイとアレクセイ、アイとエルの組み合わせで二人一組となり、二台のホバーカーにそれぞれが乗りこみ、連なるように道路で停車していた。


 先頭のホバーカーの運転席に座るジェイはパワーウインドウを閉め、ゆっくりとホバーカーを発進させた。後続の運転席に座るエルも、そのあとに続いてホバーカーを滑らせた。


 二台のホバーカーは人工河川に面した道路を南東に走り、Uターンをするように曲がり、北に進んですぐ東に折れた。それからしばらく走ると今度は南に折れ、旋回するように曲がって北に進んだ。その後さほど走る間もなく再び旋回するように南に曲がると、最終的には西に折れた。まるで来た道を引き返すようにして。


 ジェイはこの感覚に覚えがあった。クレメンザと初めて会った日、先導する彼の車に続いて廃墟となったコンサートホールにむかったときのこと。


 あのときもひどく遠回りをしているようにジェイは感じた。そのときクレメンザは言った。大昔のルールにそって道を走ったと。戦争の前、まだ交通量が多かった時代は、それがルールだったのだと。


 ジェイは考える。エーに根付いている文化は、大戦が起こる前の時代の続きなのだろう。だとしたら、地上に取り残されたエフとはいったいなんなのだろうか?


 そう思ったとき、右斜め前方に銅像が見えた。さかり場の最寄り駅で見た銅像よりもいくぶん小さく、なにより異なっていたのは左半身がえぐられておらず、五体満足であることだった。銅像は少しだけ身体を半身にして、右斜め前方にむかって、いかめしい表情で目を凝らしているように見えた。銅像を見ながら、ジェイは少しだけティーのことを思った。


 ホバーカーは側面の細長い駐車場に吸いこまれた。ジェイとアレクセイはホバーカーを降りて、小さな通用門へと歩いた。すぐあとに駐車場へ入ってきた、エルとアイのホバーカーには一瞥もくれずに。


 狭い通用門の前に二人、門の中にさらに二人の門衛が仏頂面で立っている。彼らは軍帽を被り、引き締まった大柄の身体で、よく手入れされた軍服を身に着けていた。仁王立ちのように両脚の幅を広くとり、見るからに太い腕を胸の前で組んだ門衛が、ジェイとアレクセイに鋭い視線を投げつけた。


 ジェイは門衛の前に進み、スマートデバイスの画面――クレメンザが用意した入館証を無言で見せた。門衛も無言で素早くリーダー端末で画面を読み取った。すると、小さな門が音をたてて、ひとりでに開いた。


 二人は門の中に入り、手荷物検査とボディチェックを受けた。その間、門の外に立つ二人の門衛も、中の二人も、皆一様に執念深い蛇のような瞳でジェイとアレクセイを見た。しかし、なにかしらの特別な感情はそこに一切見あたらなかった。


 二人が門の中に入りしばらく歩いたころ、アイとエルが門の前にたどり着いた気配を背中越しに感じた。二人は後ろを振りむかず、背筋を伸ばして前方の一点を見据え、規則正しく歩き続けた。


    ※  ※  ※


 ホワイトハウスの脇にある通用口から中に入ると、ジェイはその天井の高さに驚いた。二階分相当の空間を贅沢に使用したその内装は、二十世紀にタイムスリップしたようにクラシカルな装いだった。


 ジェイとアレクセイは小型のワイヤレスイヤフォンを左耳に装着し、大理石のタイルの上をたしかな足取りで歩いた。革靴のヒールがタイルを打つ音だけが、あたりに反響した。人の気配はなかった。


 コンタクトレンズ型のウェアラブルデバイスを介して、クレメンザから共有されているナビゲーション情報に従って、迷いなく歩いた。すぐにエレベーターホールへとたどり着き、一番奥のエレベーターの操作盤に、ジェイはスマートデバイスの画面を示した。ほとんど間を置かず、音もなく扉が開き、二人はエレベーターの中に乗りこんだ。


 エレベーターはすぐに目的の階に到着した。二人はクレメンザの指示を確認し、廊下の突きあたりにあるトイレへと入った。スーツ姿の男が一人、小便器にむかって用を足しているところだった。


 その男の背後を通り抜け、ジェイは一番奥の個室に、アレクセイはその手前の個室に入り、ロックをかけて息をひそめた。ほどなくして、小便器から男が離れる気配がドア越しに伝わり、洗面台で水が流れる音がしてから、その足音は遠ざかっていった。


 トイレにだれもいなくなったことを確認すると、ジェイは便器の上によじのぼり、天井に手を伸ばした。その先には点検口の蓋があり、ジェイは手をそえて力を入れた。蓋は簡単に外れ、その中に手を突っこんだ。そこには拳銃が二挺にちょう置いてあった。握ったそのグリップは、冷ややかだった。

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