第2節 テロリズム②

 細く長いスチール・ワイヤーで縛りあげた議長の息子を、ジェイはコンタクトレンズ型のウェアラブルデバイスでスキャンした。身体と同期されたウェアラブルデバイスは検出されなかった。


「ウェアラブルデバイスと、スマートデバイスはどこだ?」


 議長の息子は、ベッドサイドテーブルを顎で指した。ジェイと行動を共にするテロリストの男が確認すると、たしかに両方ともそこに置いてあった。男はそれらを取りあげた。


「パソコンはあるか?」


 議長の息子は首を横に振った。ジェイと男は念のため、散らかったデスクと引き出しと、床に出しっぱなしのカバンの中をあさったが、それらしき物は見当たらなかった。


「ベッドの上でおとなしくしていろ。妙なそぶりを見せたり声を出したら、すぐにおまえを殺しに戻ってくる」


 散乱した衣類を足で蹴ってスペースをつくり、ジェイは床の上に小型のカメラを置いた。「これでおまえの一挙手一投足を、ウェアラブルデバイスで常に見張っているからな。もちろん音だって聞こえる」


 テロリストの男は言った。「おとなしくしていたら、悪いようにはしない」


    ※  ※  ※


 二人は議長の息子の部屋を出て、議長の妻と娘がくつろいでいるであろう、リビング・ルームにむかった。


 足元近くから、暖かく柔らかな照明が長い廊下を照らしている。黄金色の稲畑を割って進むように、その光の間を二人は静かに歩いた。


 ほどなくして、リビングルームのドアの前にたどり着いた。二人は目を見合わせて、ドア越しに気配をうかがった。


 テレビジョンから流れる音声――どうやら、メロドラマのようだ――が微かに聞こえた。もっとも、ジェイはメロドラマを観たこともなければ、そういった概念を理解することもできない。


 ジェイはドアをノックした。中から応答があったのを確認し、ドアを開けた。


「奥様すみません。配電盤なのですが、電線が一部ショートしそうなところがありまして……」ジェイは歩み出ながら言った。


 すばやく部屋全体を見渡す。


 開放的なリビングルームの壁際に大型のテレビジョンが設置されていて、その前に置かれた硝子がらす製のローテーブルをはさみ、革張りのソファが置かれている。


 議長の娘がソファの上で、ほとんど寝転がるようにして、くつろいでいるのを視界の端で認めた。


 テレビジョンの反対側に設置された、よく磨かれた人造大理石製の、広々としたアイランドキッチンのむこうから、議長の妻がゆっくりと歩み寄ってきた。


「あら、それはどうしたらいいのかしら?」


「修理が必要になると思います。まずは、ショートしそうな箇所を説明させていただければと思うので、奥様も一緒に来ていただけませんでしょうか」


 すぐ目の前まで議長の妻がやってきたのを見計らい、ジェイは右手に位置するソファに飛んだ。


 突然のことに固まる議長の妻。ジェイと行動を共にする男がその口に布を突っこんで、さるぐつわをした。


 ソファに飛び乗ったジェイは、寝転がる議長の娘の口に布を突っこんで黙らせると、手早くスチール・ワイヤーで縛りあげた。


 ジェイが振り返ると、議長の妻もちょうど同様に手足を縛られたところだった。


 ジェイはウェアラブルデバイスを通じて、ホバーカーの中で待機するエルに、議長の息子を連れだすようにメッセージを送信した。自らがまとめた、議長邸宅の大まかな見取り図を添付して。


 了解した旨のメッセージをエルから受信し、ジェイは行動を共にする男にむかって頷いた。


 議長の妻と娘がウェアラブルデバイスを装着していないかチェックしていた男も、ジェイの目を見て頷いた。


 二人はそれぞれ、議長の妻と娘を担ぎ上げ、エントランスにむかった。持ち上げた議長の妻と娘の肉体から、たしかな重みを感じた。


    ※  ※  ※


 二人がエントランスに到着して間もなく、議長の息子を抱えたエルが邸宅の奥から現れた。


 三人は慎重にエントランスを出た。外の様子は、ジェイたちが邸宅に到着したときと、なんら変わらずに穏やかな時間が流れているようだった。


 すぐ目の前に移動させたホバーカーから一人の男が出てきて、手始めにエルが抱える議長の息子を受け取ろうとした。


 その瞬間、あたりに渇いた音が響き渡った。


 ジェイは身構え、一瞬であたりを見渡した。邸宅の影からグレーの迷彩服に身を包んだ数名の男たちが、マシンガンの銃口をむけている。


 ホバーカーの中からエルに手を差し伸べた男が、その場に崩れ落ちた。頭部がコンクリートに激突し、鈍い音を鳴らしてごろりと転がる。


 銃弾を何発もを喰らった首は、ほとんどちぎれかけている。血が吹き出して、赤い溜まりができた。


 おかしな方向に曲がった首の裂け目から、不気味な風切り音が響いた。肺炎をこじらせた野犬やけんのように。


 再び銃声が響く中、ジェイとエルは人質を盾にするようにして、ホバーカーに突進した。出遅れた男の脳天を弾丸が貫いた。男は糸引き独楽こまのように回転して、その場に倒れた。


 ジェイとエルは抱えていた議長の娘と息子をホバーカーに押しこみ、エルはホバーカーの中からサブマシンガンで応戦した。その場に倒れている議長の妻をめがけてジェイが飛び出した。


 同じく議長の妻に駆け寄る迷彩服の男にむかい、ジェイはサブマシンガンを放った。男もマシンガンで応戦する。


 二人の距離が縮まる。ジェイは腰からコンバットナイフを引き抜き、鋭く右方向に回りこみ、逆手で男の首に突き刺した。くわえて、左腕に持ったサブマシンガンを力いっぱい、男の側頭部に振りぬく。首がちぎれる、湿った音が感触がした。


 ジェイは議長の妻を担ぎ上げて、サブマシンガンで弾幕を張りながら走った。議長の妻を勢いよくホバーカーの中に押しこむと自分も乗りこみ、運転席に座るエルが発進させた。


 ホバーカーが議長邸宅の門を出ると、ジェイはウェアラブルデバイスを操作して、敷地に残されたテロリスト二人の自爆処理を実行した。


 次の瞬間、空気を震わせる爆発音がとどろいた。爆炎が立ち昇るのがサイドミラー越しに見えた。その猛火もうかは生き物のようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る