第6節 かまいたち④
ティーは再びジェイに飛びかかった。動きは衰えを知らず、二人の距離は一瞬で縮まる。
その
ティーの鋭い
ジェイが羽織るピーコートに、刃物が刺さった。刃物がうまく抜けずに、ティーの動きが固まったわずかな隙に、こめかみを目掛けてジェイは軍用の懐中電灯を振りぬいた。
鈍い音が響き、ティーはよろめく。弾みで刃物がピーコートから抜けた。ジェイをは追い打ちをかけようと前進したが、ティーは大きく左後方に飛び、さらに右後方に飛んだ。
ジェイはティーを見た。側頭部から血が垂れていた。血は赤かった。
打撃による苦痛の色もなく、ティーはジェイに突進した。同じ場面をプレイバックするように。
そのとき、乾いた音が空気を震わせた。ジェイとティーは動きを止め、音がした方を見た。
「舐めやがって、ぶち殺してくれるぜ」
バラックから、不良の森の住人――拳銃の男が外に飛び出していた。
「俺たちの国を守るんだぁーい」部屋の中から、別の男の声も響いた。
動きを止めたティーは、拳銃の男にむかって駆けだした。
「ハチの巣にしてやるぜ」
焦点が定まらない目つきで、男は拳銃を連射したが、ティーには一発も当たらなかった。男が舌打ちをし、マガジンを引き抜いたとき、ティーの刃物が男の首を切り裂いた。
男は首から血を噴出させ、大きな弧を描くようにゆっくりと仰向けに倒れた。ティーは男の身体にまたがり、胸に何度も刃物を突き立てた。男はやせ細った身を数回震わせて、すぐに動かなくなった。
ティーは立ち上がると、不良の森の住人が住む、バラックにむかって歩きだした。ジェイは我に返ったように走りだした。
事切れた男の手から拳銃を取り上げて、予備のマガジンを装填し、ジェイもバラックの中に入った。
「話は、俺を、倒してからだ」
部屋に飛び込むと同時に、立ちふさがる男をティーが刃物で斬り捨てるのがジェイの視界に飛びこんだ。
流れるような身のこなしで、ティーはその奥に立ちすくむ女の首も斬りつけ、テーブルを踏み台にして宙を飛んだ。
「なんだよ、これぇー! あぁー!」
錯乱したように頭を振り乱し、叫ぶ男の首を斜めにティーは斬りつけた。男の首はほとんどちぎれかけ、地面に転がり、骨に響く低い音を鳴らした。
「ここは俺たちの国だぁーい」
その男が発した最期の言葉だった。最小限の動きで、振りむくようにティーが動くと、男の胸の奥深くに刃物が突き刺さった。男は生ぬるい息を漏らして痙攣し、身動きをしなくなった。
ティーは刃物を引き抜いて、何度も男の身体に突き刺した。肉が裂ける湿った音が繰り返し鳴った。
ひとしきり刃物を抜き刺しすると、続いてティーは倒れた女を執拗に切り刻んだ。そのあとに、この部屋に入って最初に斬り伏せた男を細切れにすることに取りかかった。それもおえると、もう一人の男の亡骸も同様の目にあわせた。
ティーの一連の所作を茫然と見つめてから、ジェイは拳銃を構えて、引き金を引いた。腕を伝播し身体に反動が伝わる。
弾丸は左肩を捉え、たたらを踏むようにティーは半回転した。しかし、深くしゃがみこむと、ティーはジェイにむかって大きく飛んだ。
目を細めて、ジェイは再び引き金を引く。弾丸はティーの右太ももを捉えた。
バランスを崩し、両脚で踏ん張るティーを横目に、ジェイは走ってバラックから外に出る。一拍遅れ、ティーがそれを追う。
戸を突き破るようにしてティーが外に出ると同時に、銃声が何発か響いた。ジェイが辺りを見渡すと、拳銃を構えるジーとエルが視界に入った。
「
ジーとエルは、表情ひとつ変えずに拳銃を連射した。そのほとんどは狙った身体を貫き、風に煽られた
二人の拳銃が弾切れになり、マガジンを抜いたときだった。ティーは地面を強く蹴り上げ、二人との距離を刹那で縮めた。
刃物は、ジーの胸を貫いた。取り返しがつかない予感がジェイの背骨を走った。ときが止まったように感じた。
次の瞬間、ジェイはティーにむかって走りこんだ。ジーの身体から刃物を引き抜くことができずにいるティーの脳天に、アルミニウム合金製の懐中電灯を力任せに振り下ろした。
骨が砕けるような音が鳴った。ジェイは何度も、何度も、何度も、ティーの頭に懐中電灯を叩きつけた。
次第にティーの身体から力が抜けていき、その場に倒れた。刃物ごとティーからジーを奪い取り、ジェイは息も絶え絶えに全速力でティーから距離をとった。
ジェイは雪の上にジーをそっと、静かに横たわらせた。呆然としたエルが、弱々しい足取りでそこにやってきた。
「ざまあないな」ジーは薄く笑った。「ろくな死に方はできないと思ってたけどよ、訳のわからん殺人鬼にやられるなんてな。おまけにそれが、ティーだったとはな。笑えねえぜ。こんな話って、あるか?」
ジェイもエルも、喋るジーを制止できなかった。ジーは深く咳きこんだ。
「ここからだったのによ……、せっかく、あの気に入らねえ奴らを皆殺しにしてやったのに。ああ、前が見えなくなっちまったよ。なあ、ずいぶんと苦労ばかりかけちまったな、おい」落ち窪んだ目で、ジーは唇を動かした。「知ってるか? 大昔の人間は、死後の世界を信じてたらしいぜ。だれも死んだことがないくせに。俺らには理解できねえよな。でも……これで、妹……アイ――」
なにかが立ち上がる気配があった。ジェイとエルは硬く身構える。
ゆっくりとティーが立ち上がった。身体を揺らしながら、ターコイズブルー――今ではほとんど朱色に染まっているドレスの裾を捲り上げて、
ティーの左手は、左腿にめりこんだ。そこからゆっくりと手を引き抜くと、手に刃物が握られていた。
刃物が朝日を浴びて、白く光った。
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