第3節 燃える朝焼け
翌朝の明け方、四人は暗がりに紛れる
クレメンザが政府を裏切ったことに、そろそろ感づかれる頃合いだった。これまでは四人が――かつてはティーとアレクセイもいた――行く先々に張り巡らされた、網の目のような監視カメラシステムをハックし、実際の映像とは異なる架空の映像を上書きすることをにより、政府の追撃を回避してきた。
しかしホワイトハウスへの侵入時に、駆けつけた政府軍とジェイが交戦したことにより、監視カメラシステム上の映像と、実際に起こっている出来事が乖離していることがあらわになった。
事実、これまでクレメンザがアクセスすることができた、監視カメラシステムの認証キーが書き換えられていた。すなわち、ダミーの映像を隠れ蓑とした潜伏活動を行うことはすでに不可能となっていた。
監視カメラシステムのフィルタリングに検知されないよう、四人は帽子をかぶり、サングラスをかけ、マスクをして部屋を出ることにした。
「エーにはAIが存在しないのがせめてもの救いです」クレメンザはマスクをつけながら言った。「もしもAIがあったら、我々の居場所はすぐに特定されてしまっていたでしょう」
「AIってなにかしら?」アイは小首を傾げた。
「人工知能です。コンピューター技術を駆使して生み出された、人間の脳に近い機能を指します。膨大なデータ群を参照し、推論のみならず、ひらめきや意志、目的意識からくる戦略的思考まで、ほとんど一瞬で最適解を導き出すことができます」
「よくわからないな。そんなテクノロジーが実在するのであれば、どうしてエーにAIが存在しないんだ?」ジェイは訊いた。
「神を超えてしまったからです」
ジェイ、アイ、エルの三人は、AIがエーに存在しない理由も、神という概念も想像することができなかった。クレメンザの話はそこで終わり、四人はいくばくかの食料や拳銃、サブマシンガンなどの武器を詰め込んだバックパック背負い、部屋を出た。
エレベーターに乗りこんで一階に降り、建物を出るときに広場を通った。ジェイたちがはじめてここに訪れたときと同様に、そこには噴水があり、植栽が繁茂し、白いベンチが置かれ、やはりターコイズブルーのパラソルが広げられていた。
広場を覆う建物の隙間から、疑似的な太陽がかすかに見え、人工的かつ新鮮な朝焼けがあたりに漏れ出した。陽が昇ったのだ。
「愛という感情が舞い降り、あなたはそれに導かれていった。日の出にむかって、あなたは去っていった」抑揚に欠ける小さな声で、クレメンザがつぶやいた。「鋭角的な隔たり。なぜ私の周りには、人を奪い取るような風が吹いているのだろう」
少しの沈黙が降り、アイが口を開いた。「いまのはなにかしら?」
「イエスという古い時代のバンドの『燃える朝焼け』という曲の一説です」
「それは音楽というもの?」
クレメンザは頷いた。「迷子の歌、あるいは太陽の歌であり、そして愛の歌です」
ジェイたち三人は、迷子と太陽は具体的にその情景を思い浮かべることができたが、愛についてのイメージを膨らませることはできなかった。
色鮮やかなターコイズブルーのパラソルと、朝焼けの赤が混ざり合う様子をジェイは眺めた。射しこむ赤い光はどこか直線的なように思えた。視界がぼやけることはなく、明瞭にあたりの風景を見渡すことができた。
※ ※ ※
四人はメトロのプラットフォームに降り、地下を走るリニアモーターカーに乗りこんだ。仕事にむかっているのであろう人が、何人か乗っていた。彼ら彼女らは、お互いに関心を払うこともなく、一日のほとんど始まりともいえる、清新な時間帯にふさわしくない疲れ切った顔か、すべてを諦めたように無関心を塗りたくった顔をしているか、座席に深く腰掛け眠っていた。
四人はお互いに距離をとり、それぞれまったく関心がない風を装って、リニアモーターカーの中で思い思いの時間を過ごした。
壁面や中空にホログラムで映し出される、デジタルサイネージ広告をジェイはなんとなく眺めた。スーツ姿のいかにもぱっとしない中年男性が、腹部を抑えて苦しそうな表情を浮かべる胃腸薬のCM、ぴたりと身体にフィットするトレーニングウェアを着た女性が笑顔で運動している、フィットネスクラブのCM、切れ長で一重まぶたの女性が、くっきりとした二重に変わる美容整形のCM――
エフと比べて、ずいぶんと手がこんだCMがたくさんあることに驚いた。自分がひどく老けこんでしまったような気分にさせられた。
四人は何本かのリニアモーターカーを乗り継ぎ、ジェイたちがはじめてエーの一層に降り立った座標――エフの井戸の位置とも一致する――つまり、エーの二層にたどり着き、クレメンザと合流した場所である、コンベンション・センターを目指した。
幸いにも今日は、コンベンション・センターで政府関連の集まりは予定されていなかった。最寄り駅に降り立ち、メトロから地上に上がり、四人は巨大なコンベンション・センターの外観を眺めた。一呼吸だけおいて、無機質な宇宙船のようなその灰色な建物にむかって、静かに歩きだした。
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