第7節 お仕置き部屋
ジェイとジーは、アイの奪還にむけて手筈を打ち合わせた。
まず第一に、アイがどこにいるのか把握する必要があった。第二に、ドンの根城を突き止める必要があった。二つの情報を得るために、二人はマフィアの構成員をさらうことにした。
アイに関する情報と、ドンに関する情報の両方を知っている者をターゲットにしなければならない。すなわち、ファミリーの中でそれなりの立場にいる者に狙いを定めた。
そしてできることならば、ファミリーに対して不満をもっている者がいい。拷問にかけることなくファミリーを裏切り、自ら進んでアイの居場所を漏らす者が理想だった。
それなりの立場にいて、ファミリーに不満を持っている者を特定するために、ジェイとジーは準備を進めた。
※ ※ ※
マフィアの売春ホテルのむかいには、ホテル同様に冴えない灰色の雑居ビルが建っていて、その一階が喫茶店になっていた。
窓際の席から、ホテルの入口がよく見えた。この喫茶店にジーは後輩を送りこみ、ホテルの入り口にたむろするマフィアたちを見張らせた。
ほとんど一日中だらだらと営業している、うらびれた喫茶店に入りびたり、ベルベットのボックス席を後輩は陣取った。そこから呆けたように、日がな一日、窓の外を眺め続けた。
さほど時間を必要とせずに、それに気がついた。
ジェイがドンの部屋に呼び出されたときに、壁際で直立していたスーツの男がよく視界に入った。
彼は組織の中でそれなりの立場にあるらしく、複数の部下を従えていた。彼は顎で部下を使えるだけの地位にいるようだった。
それでいて彼は、自分よりも権力をもつのであろう男に、たびたび詰め寄られていた。
そんなとき決まって彼は頭をさげるが、気にも留められず、彼はいないものとしてその場が回るといった光景がしばし展開された。
念のため数日観察をしてから、後輩はジーに一部始終を報告した。ジーはスーツの男をさらうことに決めた。
※ ※ ※
スーツの男は簡単にさらうことができた。
空が白みはじめた明け方に、売春ホテルから出てきた男を、人通りがない裏路地でさらった。
男は酒に酔っているようだった。ジーと後輩が数名で出むいて、実にスムーズに事が運んだ。
バンに押しこんだスーツの男を、盛り場から南西の川辺に位置する、倉庫――ギャングたちがお仕置き部屋と呼ぶ、三角屋根の巨大な建物に運んだ。
手足を縛ったスーツの男を椅子に座らせ、縄で建物の柱に胴体をくくりつけた。
「単刀直入に尋ねる。アイの居場所を教えろ」ジーは冷ややかに言った。「最近おまえのドンが連れてきた女のことだ」
「あいにくだが俺は知らない」スーツの男は下から睨みつけるように言った。「俺の管轄ではないんだ、それは」
「そうか」ジーは煙草に火をつけながら言った。「じゃあ、身体に訊いてみようか」
ジーの後輩たちはスーツの男を取り囲み、ラジオペンチで親指の爪を引き剥がした。爪と肉が引き剥がされる湿った音が鳴り、男は身体を震わせて歯ぎしりを響かせ、鈍い悲鳴を漏らした。
右手の親指から始まり、一枚一枚、厳粛な儀式のように男の爪を剥いでいった。
薬指まで至り右手の爪をすっかり剥ぎおわると、左手に取り掛かった。
左手もおわると、男の靴とソックスを脱がして、足の指の爪も順繰りに剝がしていった。
「みっともねえ足だな」ジーは男を見下ろして笑った。
スーツの男は鋭い叫び声と、鈍い呻き声を交互にあげた。痛みから頬を涙が伝った。しかし、足の爪まですべて剥がされても、スーツの男はアイの居場所を吐かなかった。
「あんまり時間をかけるつもりはないんだ。早く教えてくれや」神経がむき出しになった男の指先を、針でつつきながらジーは言った。
くぐもった息を漏らしてから男は言った。「知らないんだ、ほんとうに」
ジーはダウンジャケットのポケットからスマートデバイスを取り出し、その画面をスーツの男に見せた。画面を見た男の表情が凍り付く。
「マフィアはなによりも、ファミリーを大切にするんだろ?」ジーは平板な声で言った。
スマートデバイスの画面には、男の妻と一人娘が写っていた。
男はがっくりとうなだれて、深く息を吐いた。少しの沈黙があり、男はアイの居場所をジーに伝えた。それからドンがよく立ち寄る場所と、その大まかな行動パターンも漏らした。
※ ※ ※
ジェイとジーはすぐさま動くことにした。スーツの男がさらわれたことにマフィアが気づく前に。
男に吐かせた情報によると、アイは売春ホテルのフロント・カウンター奥の部屋の、さらに奥にある待機部屋で生活しているということだった。
またこの時間であれば、ドンは
マフィアに顔が割れていないジーがアイの救出にあたり、ジェイはドンの拉致にあたることになった。それぞれ、数人のジーの後輩とともに。
ジェイとジーは別の車に乗りこみ、お仕置き部屋を出た。
ジェイは空を見上げる。分厚い雲のむこう側に、陽光の気配が微かにあった。朝露をワイパー・ブレードで払い、車はゆっくりとドンの愛人宅にむかって走り出した。
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