第4節 ギャングスター③

 ギャングたちは列車に乗って、エフの市街にやってきた。戦地におもむく兵士のように。


 彼らの表情は硬く、身体からはどことなく疲労の色が滲んでいた。無理もないとジェイは思う。彼らはついこの間まで、マフィアと殺し合いをしていたのだ。


 ギャングたちは数日間ホテルに滞在した。その間、それぞれの仕事に取りかかった。


 不良の森に足を運び、麻薬を販売するための関係性を構築しに行った者。麻薬の仕入れ先を探しに行った者。拠点となる不良の森に、バラックを建てる手配をした者。


 彼らは首尾よく、それぞれの役割を果たした。


 わずか数日のうちに、仕入れ先を確保し、不良の森の住人に麻薬の販売を開始し、そして拠点となるバラックの建設が始まった。


「実にスムーズに、ことが運んだだろ?」手際よく組み立てられていくバラックを眺めて、ジーは満足そうに言った。「連れてきたのは、とくに優秀な精鋭なんだ」


 ジェイは頷く。「見事ですね。わずか数日で麻薬の販売まで漕ぎつけるとは」


「おまえが一緒に仕事してくれたら、もっとでかいことができるだろうな」


「買いかぶりです」

 

    ※  ※  ※


 二棟のバラックができあがった夜、そのうちの一つでジェイとジー、それからクレメンザと五人のギャングは食卓を囲った。


 エルという手下が、ほとんどすべてのメニューをつくった。その男は、五人の中でも序列が上のほうにあるようにジェイには見えたが、自ら進んで料理を振る舞った。


「エルの兄貴の料理は、いつ食べても絶品ですね」手下の一人が言った。「最後の晩餐は、兄貴の手料理がいいや」


「縁起でもないこと言ってんじゃねえよ」エルは言った。


「だが俺たちは、ろくな死に方を選べるかわからんぜ、マジな話」ジーはシチューをスプーンですくい上げて言った。「おまえら、苦労をかけたな」


 しぼし沈黙があった。皆、マフィアとの殺し合いを反芻はんすうしているのだと、ジェイは察した。


「勘弁してくださいよ」エルは赤ワインで勢いよく喉を鳴らしてから言った。「上をむいてください」


「当然だ」よく焼かれた豚バラのブロック肉を噛みちぎり、ジーは言った。「生きぬこうぜ」


 皆しばらく無言で食べ、酒を飲んだ。食器を打つ音と、咀嚼音だけが響いた。


 グラスになみなみとそそがれた赤ワインを一口飲んで、ジェイは誰にともなく訊いた。「ところで、隣のバラックはなんなんですか?」


「シャブ中どもの寮だ」エルが言った。


「住まわせるのか?」ジェイは眉を上げて言った。


「上客に野垂れ死なれたら、とんだ損失だからな」エルはグラスにウォッカを注ぎながら言った。


「かつては人々に、健康で文化的な、最低限度の生活を保障していた地域があったらしいぜ」ジーはタバコに火をつけて言った。「俺たちはそれを奴らに提供してやるんだ。もちろん金はいただくが。労働の斡旋とセットでな」


 クレメンザは、じっとジーの目を見て話しを聞いていた。


「なかなか大きな商売になるかもしれませんね」ジェイはウォッカを飲み下してから言った。


    ※  ※  ※


 ケーが殺されてからのジェイは、目一杯、激しく振った炭酸飲料のような状態にあった。


 かまいたちを追えば追うほど、炭酸飲料の液体に溶けていた二酸化炭素分子が、振動によって分離するように、張り詰めていった。


 しかし、いつかきっと、かまいたちを捉えられるかもしれない。その準備がようやく整ったのだ。そう思うとジェイの胸に、さざなみが去来した。


 できるだけもとの生活に戻るように、ジェイは努めた。午前中から久しぶりにスーツのセールスの仕事に励み、よく運動し、よく眠った。


 異なっているのは、アイの家で生活していること。そして言うまでもなく、ケーがいなくなったこと。それだけだった。


 数日は穏やかに過ぎた。


 音のない、深く沈みこんだ夜。厚い雲の切間から、黄蘗色きはだいろの月光が漏れている。エフの街は廃墟のように、ただそこにあるだけだった。


 ジェイはストレート・ウイスキーをダブルで飲み干し、グラスを洗い、入念に歯を磨いた。水が冷たかった。


 ジェイがベッドに入ろうとしたそのとき、サイドテーブルに置いたスマートデバイスが、硬く振動した。


 クレメンザからの電話だった。


「かまいたちが出ました」


 少しの間があり、ジェイは言った。「どこだ?」


「鉄塔そばのバラックです」


「かまいたちの見た目はわかるか?」


「ターコイズブルーのドレスを着た、黒髪の女だそうです」


「なんだって?」ジェイは思わずベッドから立ち上がった。


「前に鉄塔であった、かまいたちと近しい風貌だと思われます。私は今から現場にむかいます」


 電話を切ると、アイが目を覚まし、ベッドから起きあがっていた。


「どうしたの?」


「かまいたちが出た」ジェイはファティーグパンツを穿きながら言う。「どうやら、ティーにそっくりらしい」


 アイは動きを止める。「そんな、まさか」


「僕は現場に行ってくる。家の戸をすべて閉めて、だれかが訪ねてきても中に入れないように」


    ※  ※  ※


 鉄塔に車を走らせながら、ジェイは電話をかけた。かまいたちが出たことをジーに伝えた。ジーは手下を叩き起こして、もみの木の森を見張らせると言った。


「かまいたちは、ターコイズブルーのドレスを着た、黒髪の女だそうです」


「なんだと?」ジーは先ほどのジェイのような声を出した。「それって、ティーじゃないか」


「その可能性はあります」ジェイはステアリングを切りながら言う。「いまティーがどこで働いてるか、ご存じじゃないですか? 前のキャバレーは辞めたと聞いたんですが」


「わからないな」


 ジェイと話し終えたあと、ジーはすぐにティーに連絡した。しかし、電話は繋がらなかった。ティーが以前働いていた店にも連絡したが、行先はわからないと、困ったようにボーイは言った。


 エフの街に雪が降る。いつもと変わらない夜だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る