第3節 ギャングスター②

 エフ市街地の食堂で、ジェイとジーは二人でむきあった。しくもその食堂は、ジェイの父親が家を出る前、最後にジェイとケーを連れて行ってくれた、あの食堂だった。


 ジェイがその食堂を訪れたのは、そのとき以来だった。店の外観も、店内も造りも、なにも変わっていないようにジェイには見えた。料理のメニュー以外は。


 あのとき、父親とケーと三人で食べた。魚のスープ――川鱒かわます、じゃがいも、玉ねぎを煮こんだ、素朴な味わいのスープは、すでにメニューになかった。たしかに時間は流れているのだと、ジェイは実感した。


「えらい早かったですね」ジェイはそう言い、シェリーを飲んだ。「マフィアとの抗争を片付けるのが」


「一気に畳みかけてやったよ」ジーはナイフで切り分けた牛肉に、フォークを突き刺して言った。「ハイウェイの料金所で襲撃したり、会食と見せかけて、レストランで奴らのキーマンを射殺してやったり」


「まさに出血大サービスですね」


「血の雨を降らせてやったぜ、さかり場によ」ジーは肉をよく噛み、飲み下してから言った。「いいかたちで手打ちにできたよ。俺たちは女がらみのビジネスで食っていく。マフィアの連中は、麻薬、武器、賭博に専念する。お互いのシノギには手を出さない」


「売春ビジネスのシェアは守れそうだということですね」


「そういうことだ。それ以外のビジネスへの参入は、折を見て仕掛けるよ。今回、やつらの戦力をずいぶん弱体化できたからな」ジーは赤ワインがそそがれたグラスを回した。「まともな跡目あとめ候補は、皆殺しにしてやったぜ。残っているのは、どうしようもないボンクラだけだ。奴らは、時間をかけて徐々に滅んでいくだろう」


 ジェイはナツメヤシのベーコン巻きを口に含んだ。嚙み砕くと、程よい塩味えんみと甘美な味が広がった。それを辛口のシェリーで流しこんだ。


 二人は取り留めもなく喋りながら食事をした。ジェイはカジキのムニエルを頬張り、ジーは牛リブロースにかぶりついた。トマトのニンニクスープで身体を温めてから、熱く濃いコーヒーを飲んで、一息入れた。


「なかなか悪くない店だな」ジーは言った。「よくくるのか?」


「いえ、昔、一度きたことがあるだけです」ソーサーにコーヒーカップを置きながら、ジェイは言った。「それで、本題の相談ですが」


 ジーは煙草に火をつけながら頷く。


「ギャングの皆さんの力を貸していただきたいのです」ジェイはテーブルにスマートデバイスを置き、エフの地図を開いた。「これはエフの地図に、かまいたちの目撃情報から推察される、犯行時の導線を落としこんだものです」


 ジーは無言で地図を見る。口にくわえた煙草の先から、白い煙がもうもうと立ち昇る。


「なるほど」ジーは目線を上げた。「もみの木の周りが怪しいのか?」


「そうです。また、森の中で生活する若者から、直近に起こった、かまいたちと思わしき目撃情報を得ました」


「十分じゃないか」ジーは頷いた。「ただし問題は、いったいいつ、かまいたちが起こるのか予測ができないことだな」


「その通りです。残念ながら、その発生時期に規則性は見出せませんでした」ジェイはカップに注がれたコーヒーを飲み干す。「そこで一つ提案です。森の中に、麻薬に依存している若者たちが住んでいます。彼ら相手に、麻薬ビジネスを始めるのはどうでしょう?」


「ほう」ジーの口角が上がる。「かまいたちを、いつでもとっ捕まえられるように、見張ってもらいたい。しかし、いったいいつそのときがくるのか、見当もつかない。だから、森の中で今後に繋がるビジネスをしたらどうだろうか。こういうことか?」


「そうです」ジェイは静かに言った。「今後、盛り場で売春ビジネス以外に乗り出すときのために、ここで麻薬ビジネスに必要なパイプをつくり、ノウハウを蓄積したらどうでしょうか?」


 ジーは顎に手を当てて考える。「悪くない話だ。たしかに、次に進出するビジネスは、麻薬が最適だと思っていた。賭場の胴元よりも参入障壁が低く、武器の販売よりもリピート率が高いからだ」


「僕もそう思います」ジェイは頷く。「次に試すならば、麻薬ビジネスでしょう。もし、このエフの市街で麻薬ビジネスに手を出すリスクが高すぎるのであれば、話は別ですが」


 しばらく二人に沈黙が訪れた。ジーは身じろぎもせずに、じっと考えこんだ。


「いいだろう」ジーは微笑んだ。「おもしろい提案だ。マフィアは弱らせたし、時期的にも、あたらしいことを始めるのに、ちょうどいい。もみの木の森で、麻薬ビジネスを始めるとするか。張りこみながら」


 ジェイは頭を下げる。「ありがとうございます」


「しかし、よく考えたな」ジーは感心したように言った。「俺たちにとって、なかなか魅力的な話だ」


「偶然ですよ」追加で頼んだ赤ワインをがぶりと飲んで、ジェイは言った。「たまたま、かまいたちの拠点と思わしき場所の近くに、シャブ中たちが住み着いていただけの話しです」


「どんな奴らなんだ?」


「ほとんど話が通じない、若い浮浪者のような連中です」


「結構なことじゃないか。そういう連中を相手にすることを、俺たちは最も得意としている」赤ワインがなみなみと注がれたワイングラスを持ち上げて、ジーは言った。「それにしても、おまえ、俺たちと一緒に働かないか? 渉外しょうがいとして、腕を振るってもらいたい」


「ありがたいことですが、そんな器じゃありませんよ、僕は」ジェイは手に持った、ワイングラスをテーブルに置いた。「もし食いっぱぐれたら、相談させてください」


    ※  ※  ※


 その二週間後に、ジーは再びエフの市街地へやってきた。五名の手下を従えて。

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