第3節 情報屋
「兄が世話になったみたいですね」ギャングのジーの弟――情報屋のエイチは電話越しに言った。
「こちらこそ」ジェイは頭をさげるように言った。
「兄が言ってましたよ、なかなか見どころがある男だって。あなたのことを」
「それは恐れ多い」
ジェイはエイチとその日の夜に会う約束を取り付けた。
エイチの声はいかにも好奇心旺盛といった感じで、ジェイがかまいたちを追っていることにも、堅気の人間であるにもかかわらず、マフィアのドンの殺害に手を貸したことにも興味を示した。
※ ※ ※
昼前にアイが仕事から帰ってきた。
ジェイとアイは、オーク材のテーブルでむきあって昼食をとった。食卓には、前の晩の残りのビーフシチューを温め直したものと、硬く香ばしいパンが並んだ。
「盛り場から帰ってきてから得た手がかりを、共有しておきたい」
「あら」アイはいかにも興味深そうに言った。「それはぜひお願いしたいわ」
「ケーが働いていた、タイヤ工場にもう一回行ってきた」ジェイはウォッカを一口飲んで言った。「とくにこれと言って手がかりはなかった」
「でしょうね」アイはつまらなさそうに言う。「もし仮に彼らの目の前に手がかりが転がってたとしたって、きっとそれに気づきもしないような連中だわ」
ジェイは頷く。
「それから、自動車修理工場の整備工から紹介してもらった、保険外交員から話を聞いた」ジェイはここまで言って、一息ついた。「ケーが殺される前に、家に入っていく男を目撃していた」
アイは目を見開いた。「ほんとうに?」
「ああ」ジェイは目を伏せる。「おそらく、ほんとうの話だ」
「どんな男が家に入っていったの?」
「上下防寒具に身を包んだ、金髪の中年」
「変電所の防犯カメラに映っていた、あのかまいたちは黒髪だったよね? 別人かな」
「そうだと思う。変装をしている可能性があるにしても」
「やっぱり、かまいたちは複数いるのかしら」アイは指で唇を触れながら言った。「その男はどうやって家に入ったの?」
「ケーが家に招き入れたらしい。みずから家のドアを開いて」
「ということは、知り合いだったのかしら……?」アイは顎に手をあてて考えこむ。
「そうかもしれない」
ジェイは言わなかった。防寒着の男を家に招き入れるときに、ケーが驚きの表情を浮かべていたことを。まとわりつく悪寒のように、その理由に心当たりがあることも。
※ ※ ※
ジェイとエイチは、小屋のような食堂で落ち合った。
その店はカウンター席だけのこじんまりとした店で、二人のほかに客はおらず、店を切り盛りしている店主がいるだけだった。
「想像以上にタフそうな顔つきですね」ジェイの隣に座るエイチは言った。「実際のところ、タフなんでしょうけど」
「同じようなことをジーさんにも言われたよ」ジェイは苦笑する。「かまいたちを追い始めたのはいつから?」
「妹がかまいたちに殺されたときからです。十六歳でした。追い始めて、かれこれもう十年になります」
「十年も」ジェイは驚いた。
「はい」エイチは神妙な表情で頷く。「つまり、十年もの年月をかけても、いまだにかまいたちの正体はわかっていません」
「それはなぜ?」ジェイは首を傾げる。「犯行現場の映像だったり、目撃情報だったり、それなりに手がかりはあるだろ。かまいたちに実態があるのは間違いないんだ。もし仮に、複数人いるとしても、その正体の片鱗くらいは掴めてもよさそうに思えるが」
「順を追ってお話ししましょう」エイチはトリッパを取り皿に取り分けながら言った。「これまでに、計二十件ほどの現場を探りました。妹が殺された前までさかのぼって」
ジェイは相槌を打つように頷いてからトリッパを口に放りこみ、よく噛んで飲みこんでから、喉を鳴らして赤ワインを飲んだ。
「ジェイさんが言うように、中には犯行現場の映像が残っていたり、かなり具体的な目撃情報もありました」エイチはそこまで言って、
「それはどういうことだろう?」
「かまいたちだと思われる、特定の人物はしばし浮かび上がります。現場に残された情報から。ただしその怪しい人物は、絶対にかまいたちではないことが、あとから明らかになるのです」
ジェイはティーのことを思い出す。かまいたちがあった鉄塔でその前日に、あきらかにティーと思わしき目撃情報があったにもかかわらず、そのとき彼女は遠く離れた盛り場で働いていたことを。
「疑わしき人物は、決まってかまいたちがあったときに、その場にいることはできないのです。完璧なアリバイがあったり、なんならそのとき、すでに亡くなっていたり」
「なんだって」ジェイは鋭く言った。「かまいたちだと思われた人物が、そのときすでに死んでいたってことがあったのか?」
「その通りです」エイチは平板な声で言った。「もっとも、怪しい特定の人物が浮かび上がる現場なんて、ほんの一握りしかありませんでしたが」
二人に沈黙が降りた。それぞれ赤ワインを静かに飲んでから、エイチは胸ポケットから煙草を取り出して、火をつけた。
「よかったらジェイさんもどうですか?」エイチは煙草を一本、ジェイに差し出した。「兄がぼくにも流してくれるんですよ」
「せっかくだけど遠慮するよ」ジェイは手をかざして制した。「なあ、これまでの十年の経験からして、かまいたちはいったいどういう現象だと思う?」
エイチは煙草をくわえて深く息を吸い、濃い紫煙を宙に泳がせた。「ひょっとしたらですけど、かまいたちは変装の名人なんじゃないかって、わりと真剣に思ってます」
雲を掴むような話だと、ジェイは思った。
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