第23話 とけちゃったのぉ
「あぁーもう、案の定って感じだな……」
翌日の朝。
昨晩の配信が切り抜かれ、SNS、まとめサイトにも取り上げられ、また再生数や登録者が伸びていた。
それは嬉しい。
ありがたいことは間違いない。
ただ、配信中にカップルがおっぱじめた、という方向でバズってしまったのは最悪だ。……今後、配信中にハクさんにアルコールを入れるのは絶対にやめよう。
「猫宮さんのとこからも流れてきてるのか……なるほどなぁ……」
動画やSNSのコメントを眺めていると、猫宮さんの名前をよく目にする。
昨日撮ったハクさんの写真が好評を博し、チャンネルを登録してくれているらしい。
おかげさまで、チャンネル登録者20万人突破間近。
本来なら、今日にでも配信をしてこの勢いに乗るべきだ。
……しかし、ここは一旦待つ。
この話題の上がり方はまずい。
昨日の配信がウケたのはお酒によるもので、再現性は皆無。
だが、あの切り抜きから入った視聴者は、もう一度同じ場面が見たくてきっとハクさんに酒を飲めと煽る。ハクさんも素直な人だから、飲んだ方がいいのかな、と思ってしまうに違いない。そんな中で食事をしても楽しくないだろう。
「……一週間くらい待てば落ち着くか。その間にこっちをやらないと……」
昨今、一、二分程度の短い動画にかなりの需要がある。
ということで、既に存在するレシピ解説動画を編集し、短くまとめて流すことにした。
パチパチとキーホードを叩いてると、突然、ぶるっと身体が震えた。
妙に寒いな……。
温度計を見ると、16℃になっていた。
起きてからずっと暖房つけてるのに、何でこんなに低いんだ?
「うわ、冷たっ」
エアコンから吹き出る風に手を当ててみると、暖房のはずがとても冷たかった。
色々と試してみるが、一向に温かい風が出てこない。……まずいな、壊れたのか。
このエアコンは前の住人が置いて行ったもので、かなり古い型番だ。
いつ壊れてもおかしくないとは思っていたが、まさか冬真っ盛りにやられるとは。非常にタイミングが悪い。
「修理は……いや、いいか。どうせ引っ越すし。ひとまずヒーターを出して……あっ! そういえばアレもあったな」
押し入れからヒーターを引っ張り出し、次いでアレに手を伸ばす。
去年の冬に商店街の福引でもらったが、結局使わなかったコタツ布団とコタツヒーター。
それを今あるテーブルに設置して……っと、よし。できた。
「あったけぇー……」
電源をつけて、コタツに足を入れた。
じんわりと暖かくなり、布団の肌触りと程よい重さも相まって非常に心地いい。
やっぱりいいなぁ、コタツ。
最高に日本って感じがする。
「……」
や、やばい。
今一瞬、意識が飛んでた。
コタツは危険だ。人間をダメにする魔力がある。
ハクさんが来る前に買い物行っとくか。
ミカンとかアイスとか、コタツのお供あったらハクさんも喜ぶぞ。
「……ん? 猫宮さん?」
スマホに一件、猫宮さんからのメッセージ。
どうしたのだろうか、と内容を確認する。
「……おぉー、マジか」
◆
夕方。
いつも通りの時間にインターホン。
扉を開くと、見慣れたスーツ姿のハクさんが立っていた。……巨大なリュックを背負った状態で。
「え、えーっと……こ、こんばんは、ハクさん」
「こんばんは! お邪魔します!」
やる気に満ち満ちた声をあげて玄関に入り、ドンッとリュックを置いた。
何だこの大荷物。本気で俺を殺す気になって、死体を処理する機械でも持ってきたのか。
メチャクチャ張り切った顔してるし、普通にあり得そうな話だ。
……流石に死ぬのは困る。どうしよう、これ。
「伊波……私、思ったんだよ。頑張りが足りないんじゃないかって」
「は、はい……?」
「いつもサボっててさ。これじゃいけないって、そう思ったの」
ギラリと目が輝く。
頑張り? サボってて?
ちょ、ちょっと待て。自分が殺し屋だってことを思い出したのか? マジで俺を殺しに来たのか?
「俺は、その……い、今まで通りでいいと思いますよ? そんな頑張らなくっても――」
「よくないよっ!!」
殺されたくない一心で、気分を害さないよう丁寧な声音でなだめようとしたが、彼女の一喝によって掻き消された。
「私は先に進みたいの!! 今のままじゃなくて……もっと、ちゃんとしたいの!!」
ちゃんとって、殺し屋としてちゃんとしたい、ってことか?
それは困る。非常に困る。
「ちゃんとする必要、ありますか? 俺はないような気が――」
「何でそんなこと言うの!? 伊波のバカ!!」
何でも何も、死にたくないからだよ。
それ以外に理由なんかないだろ。
……あぁいや、ハクさんとの楽しい時間がなくなるのは嫌だな。
死ぬことの次くらいには嫌だ。
「とにかく、私決めたから! 頑張るって! 決めたからーっ!」
「ちょちょ、待ってください! うわぁああああ!!」
リュックの中身を解放。
どんな恐ろしい兵器が出て来るのかと声をあげたが、俺の目に映ったのは想像とはまったく違うものだった。
「…………。……あ、あの。何ですか、これ?」
「カメラだよ」
「……か、カメラ?」
言われなくても、見ればわかる。
新品のカメラ。しかもこれ、俺が撮影とか配信用に買おうか迷って、高くて諦めたやつだ。
まさかこいつを使って、俺を痛めつけるところを撮影するとかか?
きっとそうだ。殺し屋っぽい使い方だな。
「昨日猫宮と一緒に着替えてた時、『伊波さんはもっといい撮影機材を使うべきです』って言っててさ。じゃあ買っちゃおうって思ったの! 伊波の仕事のお手伝い、これくらいしか頑張れないし!」
全然違った。
ごくごく普通の、超平和的な利用方法だった。
「あと他には――」
「ま、まだ何か買ったんですか?」
「お店の人に聞いて、必要そうなもの全部揃えてもらったから。私はよくわからないからさ、伊波があとで確認して?」
ザッと見ただけで、総額三桁万円はくだらない機材が入っていた。
流石にこれは受け取れない。返品してきてもらおう。
そう言おうとハクさんに視線をやるが、彼女は褒められ待ちの犬のような顔をしていた。……これ、受け取らなかったら最悪泣かれるな。
「う、うわぁー、すっごく嬉しいです。ありがとうございます!」
「でしょ! でしょでしょー! へへへーっ!」
……メチャクチャ喜んでる。
シベリアンハスキーとか飼ったら、たぶんこんな感じだろう。
にしても、頑張るってそっちのことだったのか。
ハクさんも一回自分一人で配信してみて、色々思うところがあったのかな。
「これで今日の配信はバッチリだね! 私、もっともっと頑張るから何でも言って!」
「あっ。いや、今日は――」
「買い物だって行っちゃうよ! 材料書いてくれたら、ちゃんとおつかいできる偉い子だから!」
「すみません。今日は配信ないです」
「えっ……?」
「っていうか、しばらくお休みしようと思って。再開までに機材の使い方、しっかりと覚えておきますね」
「……私のせいでお休みするの? わ、私が、酔って変なこと言ったから……?」
さっきまでのキラキラとした表情が一変し、ハクさんは今にも泣きそうな顔で震え始めた。
休むのはハクさんが理由だが、別にこの人のせいというわけではない。
単に俺が、勝手に心配しているだけ。
なのだが、そう説明してわかってもらえない可能性がある。
困ったな、どうしよう。
「ハクさんのおかげで沢山の視聴者さんが増えて、すごく助かってます。なので、皆さんにもっと楽しんでもらうために、色々と試してみようと思って。配信だけが俺の仕事じゃありませんから」
別に嘘はついていない。
日中に短い動画を作成していたが、あれなどまさにそうだ。
他にもチャンネルを分けたり、フレンチトーストの配信を動画用に編集したり、SNSを動かしたりと、やらなければいけないことが山ほどある。
「今日は純粋に、お腹いっぱいにして帰ってください。美味しいもの作りますから」
「……そ、そう? でも、だったら私、どういうところで頑張ればいいの?」
「そもそも、何で頑張らなくちゃいけないんですか?」
「……い、伊波の、特別になりたくて……」
「? 俺にとってハクさんは、十分特別ですよ?」
「びゃっ!?」
びゃ、って何だ。びゃって。
そりゃ特別だろ。
毎日俺を殺しに来る人なんて他にいないんだし。何より、大切な友達なんだし。
「コタツ出してるんで、適当にくつろいでてください。俺は夕飯の支度してますから」
「……こたつ?」
「知りませんか? ほら、あれです」
ハクさんをリビングに通してコタツを見せると、「知ってる知ってる!」と恒例の謎知ったかぶりが始まった。いつも思うが、何なんだこれ。
「……でも、本当にくつろいでていいの? それ、頑張ったことになる?」
「じゃあ、用ができたらその時に呼びますよ。頼りにしてますよ、ハクさん」
「わ、わかった! いつでも呼んでね! 飛んで行くから!」
コタツからキッチンまでの距離は三メートルもない。
飛ばれても困るなぁ、と思いつつ、彼女をリビングに残し俺は夕飯の支度を始めた。
◆
「ハクさーん」
「……」
「ハクさん、ちょっと来てくださーい」
「んぅうー……あーい……」
「……ハクさん?」
「ハクさんはねぇ……へへっ、とけちゃったのぉ……」
「……」
あれから一時間ほど経ち。
ようやくハクさんの出番が来たので呼びかけたのだが、返って来たのは死ぬほど気のない返事だった。
リビングへ行くと、そこにはコタツに入ったまま蕩けるハクさんの姿が。
……あぁ、堕ちたのか。
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