第22話 Sideハク もだもだ


「あっ、そうだ。これ渡しとかないと」


 適当にあたりをドライブしたあと、車はハクが拠点とするマンションの前に停まった。

 車を出たハクに、ドラドは一枚の紙を手渡す。


「何これ……せ、請求書……?」

「ターゲットが伊波みたいな一般人とか、本当なら秒で終わる仕事じゃん。でも、あんたがイチャコラ楽しんでるせいで全然終わらない。アタシも給料が入らない。ここまでおっけー?」

「それは……も、申し訳ないって、思うけど……」

「ってなわけで、ハクにはその分の穴埋めをしてもらうから。別にたいした額じゃないでしょ? どうせあんた、全然使わず貯め込んでるんだし」


 確かにたいした額ではないが、自分の懐から彼女にお金を支払うという行為が何となく癪だった。

 しかしだからといって、今すぐ伊波を始末できないのもまた事実。


 ハクは請求書をポケットに入れ、「わかったよ」と力なく頷く。


「へへ、まいどー。あんたがダラダラしてるうちに、久々の休暇を楽しむとするよ。温泉入って、富士山登って、舞妓さんと遊ぶんだ。あっ、かかった費用もあとで請求するからよろしくー!」

「はぁ!? それは知らな――」

「決まりね! んじゃ、ばいばーい!」


 勢いよく発進した車。

 一人取り残されたハクは、ドッと息をついてマンションに入る。


 程なくして部屋に到着。

 エアコンをつけてからシャワーへ向かい、今日一日の疲れを落とす。

 寝間着に着替えてから髪を雑に乾かし、そのままベッドにダイブ。布団を抱き締めながら、昨日今日の出来事を回想する。


『――……はずしちゃっ、た』


 酔って理性のタガが外れ、やらかしてしまったことを思い出す。

 間近で見た彼の顔。汗ばむ体温。そして唇に残る感触に、「うわぁあああああ!!」と悶絶しながら右へ左へ転がる。


「よ、よかったぁ……! 本当にしてたら、流石の伊波も引いちゃってたよ……!」


 枕に顔を押し当てて、不幸中の幸いだったと安堵する。

 手足から力を抜いて、しばし放心状態。ゴロンと転がり仰向けになって、天井に手のひらをかざす。


『……い、一生一緒でも、いいと思ってるくらい、だしっ』


 あの時は酔っていなかった。

 完全にシラフだった。


 にも関わらずあんなことを言ってしまい、その上、彼の手を握ってしまった。


 その感触を思い出し、嬉しさと恥ずかしさから唇を噛む。

 手を胸に寄せて、彼を想いながら抱き締める。


「好きじゃん、私! 完全に好きじゃんかよー!」


 ただただ甘い悲鳴を部屋に響かせて、布団を掴み包まった。


 伊波のことは前から好きだった。

 自分のことを殺し屋だと知った上で仲良くしてくれて、一緒にご飯を食べてくれる人。どうしようもない自分に、何でもない日常を分けてくれる人。嫌いになる理由が全くない。

 

 でもそれは、あくまで友達として。

 そういう意味での、大好き。


 だが、これはもう違う。

 この熱は、衝動は、そういうものとは明らかに別物だ。


『……い、一生一緒でも、いいと思ってるくらい、だしっ』


 ゴロゴロゴロ。

 ドスン。


 布団に包まったまま床に落下。

 そのまま春を待つサナギのようにうずくまり、モゾモゾと蠢く。


 自分となら将来的にお店をしてもいいと言われて、嬉しくて、舞い上がった。彼の何もかもが欲しくなった。


 この好きは、一緒にいたい好きで。

 触りたい好きで。

 、好きだ。


 どの時点からそうだったのかはわからない。

 もしかしたら、初対面の時からかもしれない。


 とにもかくにも、自分の気持ちに気づいてしまった。


 腰に回された彼の腕の力強さが、堪らなく嬉しかった。

 電話が来なければどうなっていたのかを想像すると、誰にも見せられないほど顔がだらしなくなった。


(……伊波は、私のことどう思ってるんだろ……)


 胸の内側で独り言ちて、彼の顔を思い浮かべた。


『俺も……一生、一緒にいたいって、思ってます……』


 あの言葉は心の底から嬉しかったし、そのまま何だか妙な雰囲気になってしまった。


 もしかしたら、伊波は自分に気があるのでは。

 そう思いたいが、あの時の彼はお酒を飲んでいたし、自分の迫り方も強引だった。優しい彼のことだから、単にこっちに合わせてくれただけかもしれない。


「あぁーもぉー! 伊波に好きって言って欲しいよーっ! 本気の方の好きが欲しいよーっ!」


 もだもだ。

 ジタバタ。


 ひと通り床で暴れて、布団を蹴散らし大の字になった。


「……私が代わりに借金返したら、好きになってくれるかな」


 小さく呟いて、すぐさま顔を横に振った。


 相手がドラドなら有効な手だが、伊波はそういうタイプではない。

 むしろ自己嫌悪に陥り、恋どころの話ではなくなってしまう。


「ダメダメ、楽な道に逃げちゃ! もっと他にあるでしょ、伊波に好かれそうなこと!」


 拳を作りながら力強く鼻息を漏らすが、具体案が何も浮かばず首を捻った。


「と、とにかく明日は、伊波のために頑張る日にしよう! そしたら何か、変わるかもしれないし! うん!」


 そう言って立ち上がり、いそいそとベッドに戻り眠りについた。

 頼れるハクさんを見せつけてやろう、と心に固く誓って。




 ◆




 翌日。


「うはぁー……これやっばーい……」


 気の抜け切ったハクの声が、ぬっとりと伊波の部屋に染み渡る。


「ハクさん、みかん食べます?」

「んー? んー……たべうー……」

「それじゃ、口開けてください」

「んぁー……うん、ふふっ……うまぁー……」


 今日はいっぱい頑張るぞ、と伊波の家の扉を叩いたハク。


 ちょうどその日、リビングにはとある家具が設置されていた。


 その家具の名は、コタツ。

 人生初のコタツ――ハクは早々にその毒牙にかかり、どちゃくそに伊波に甘やかされていた。






――――――――――――――――――

 あとがき


 我が家もコタツを出しておりまして、すっかりうちの猫の寝床と化しています。

 日本人ならおそらく誰もが一度はその毒牙にかかったことがあるコタツですが、実は海外にも似たようなモノがあるそうです。トルコのキュルス、イランのコルシ、アフガニスタンのサンダリなどがそうで、画像を見てみるとモロにコタツで面白いです。よかったら調べてみてください。


 面白かったらレビュー等で応援して頂けると執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。

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