第21話 Sideハク 相棒の座
「ありゃ、その服どうしたの? いつものスーツは?」
「貰ったんだ。可愛いでしょ」
「……可愛いけど、気をつけな。スーツは防弾防刃仕様だからいいけど、そんな服で襲われたらひと堪りもないよ」
「大丈夫だよ。当たらなければ一緒だから」
伊波のアパートの前に停まっていた軽自動車。
助手席に乗り込むと、運転席には褐色肌の女性――殺し屋としての相棒のドラドが座っていた。
「てかあんた、こんな時間までターゲットの家で何してたわけ? もしかしてヤッてた?」
「ち、違っ! 違うよ! そんなことな――」
言いかけて、手のひらに彼の体温が蘇った。
急激に顔に熱が回り、ふーっと息をついて心を落ち着ける。
「そ、それで話ってなに? 直接しなくちゃいけないようなこと?」
「あー、うん。電話じゃ盗聴される可能性あるし」
車が発進。
特に目的地もなく、適当にあたりを走る。
「ここ数日、ちょっと調べてたんだ。今回のあんたの仕事について」
「伊波を殺せって話?」
「そう。あんたがこれだけ命令を遂行できてないのに、上が何も言ってこないのは変だからさ。これで相棒のアタシの評価まで下がっても困るし、何か裏があるんじゃないかと思ってね」
赤信号で車は停止。
ドラドは煙草に火をつけて咥え、煙を吐いた。
「ってことで、伊波の抹殺を依頼したやつに会ってきた」
「……そ、そんなことして大丈夫なの?」
依頼人のプライバシーを保護するのも組織の役目。
現場の人間がそれを探り、実際に会うなど言語道断だ。バレれば相応の処分が下ることは間違いない。
「まずいだろうねー。でも安心して、アタシが行ったわけじゃないし。知り合いに詳しい人がいるから、色々探ってもらったんだ」
信号は青に。
煙草の灰を落として、アクセルを踏む。
「その結果、面白いことがわかった。依頼人は何でもない普通のキャバ嬢。彼氏の家で伊波の動画を参考に料理作ってたら包丁で指切って、血が気持ち悪いからって家を追い出されたんだってさ。そのせいで伊波を恨んでる。彼氏もクズだけど、女もアホだよねー」
「……は、はぁ?」
ひとがひとを恨む理由は数あれど、それはハクが今まで見聞きしてきたものの中でトップクラスにどうしようもないものだった。
「本題はここから。そのキャバ嬢がBARで飲んでたら、高そうなスーツを着た老紳士に酒をひっかけちゃったんだって。そっから少し話すことになって、何となく伊波の話題を出して死んで欲しいって言ったら……その人、“わかった”って言ったんだってさ」
「わかった……?」
「そう。“殺し屋を手配しておく”……って。これはアタシの推測だけど、その人は組織の上層部の人間なんじゃないかな。高級なスーツの老紳士、そして日本人……んで、こんなしょうもない依頼をハクに下せる立場のひとなんて一人しかいないでしょ」
ハクはハッと目を見開いた。
足元に置いた紙袋。脱いで折りたたんだスーツのジャケットを一瞥して、ゴクリと息を飲む。
「――……私の、師匠」
ハクを拾い、一人前の殺し屋に育てた男。
日本語も、箸の使い方も、いただきますも、彼から教わった。
日常的にスーツを着るのも彼の習慣だ。
師匠の背中を見て、ただついて歩いて……いつの間にか、見失った。
彼はある日突然、何も言わず姿を消したのだ。
「あんたの師匠って、組織の創設メンバーの一人なわけじゃん。だったらハクに直接仕事を振れるし、仕事が滞ってても周りに文句を言わせないことだってできるよね」
「……だとしても、何で? 何で師匠は、私に伊波を殺させたいの?」
「い、いや、そこまではアタシも……」
「伊波のことが嫌いだから? 伊波、すっごくいい人だよ? 師匠は伊波の何を知ってるの?」
「だから知らないって! あんたが直接聞きなよ!」
「できたらそうしたいけど、でも……」
師匠の連絡先も、居場所もわからない。
そもそも上層部の情報自体ほとんどなく、会いたいと思いこれまで色々と試してみたがどれも無駄だった。
「まあ何にしても、アタシはひとまず安心かなー。状況的にアタシの評価が下がることはないっぽいし」
上機嫌に言って、煙草を灰皿に押し当てて消す。
「そうそう。そのキャバ嬢さ、殺し屋を雇ったって伊波を脅してビビらせようとしたら、本当にあんたが来て逆にビックリしたらしいよ。これで死んだら自分のせいだって思って、そのまま夜逃げしたんだって。あとからまだ生きてるってわかったけど、もう怖いから伊波に粘着する気はないってさ」
「とことん間抜けだよねー」とドラドは意地の悪い笑みを浮かべた。
伊波を苦しめる要素が一つなくなったのはいいことだが、しかしわからないこと尽くめなのは変わらず、ハクの表情は一向に晴れない。
「ターゲット、サクッと殺しちゃえば? そしたら師匠の真意がわかるんじゃない?」
「だ、ダメだよそんなのっ!」
「じゃあどうするの? 殺し屋やめる?」
「……私がやめたら、この案件が他に回っちゃう。そしたら、伊波が殺されるかもしれないじゃん」
「ホントにあんたってば、完璧にほだされちゃってるねー。っていうか、ぶっちゃけ惚れてるでしょ?」
ニヤニヤと笑うドラド。
ハクはすっと視線を窓の外へ向け、唇を固く閉ざす。
「師匠が何考えてるかとか、どうせあんたはバカなんだからわかんないんだしさ。難しいことに頭使わないで、今まで通りターゲットとイチャイチャしてなよ」
「ば、バカじゃないし! っていうか、だったら何で私にこんな話したのさ!? ドラドに言われなかったら、私だって悩まなかったよ!」
「こうやって情報を共有しておけば、嗅ぎ回ったことが組織にバレた時、ハクに調べろって言われましたー! って言い訳できるでしょ。あんただったら多少やらかしても許してもらえるだろうし、その時は全力で罪をかぶせるからよろしく!」
「……あ、そういうこと。勘弁してよ、怒られるの好きくないのに……」
「あははー。持つべきものは優秀な相棒だなー」
ハクはドラドを半眼で睨みつけたあと、大きなため息を漏らした。
「そう言えばアタシ、この前唐揚げ作ったよ。伊波の動画を見ながら」
「えっ? ドラドって料理するひとだっけ?」
「しないけど、あんたがあんまり美味しそうに食べるからさ。どんなもんか気になっちゃって」
「どうだった? 美味しかったでしょ!」
「うん。ちょっと失敗したけど、いい酒のあてになった。……料理って楽しいなって、思ったよ」
ふっと爽やかな笑みを浮かべて、ハクを一瞥した。
ハクはそれに気づき、小首を傾げる。
「……あんたは殺ししか能がないと思ってたけど、案外、そんなことなかったね。このアタシがあんたに影響されて、鍋とか油とか肉とか買って、バカみたいに時間かけて、火傷しながら料理したんだから。相棒の座は、伊波に譲ってやらなくちゃなー」
少し寂しそうな、しかしサッパリとした声音で言って、二本目の煙草を取り出した。
ドラドとは、もう長い付き合いだ。
仕事では基本、いつも一緒。殺し屋としてのハクを、一番多く見てきた人物。
だからこそ、ハクは嬉しかった。
そんな彼女が、今の自分に価値を見出してくれたことが。
そのきっかけをくれたのが、伊波の料理だったことが。
(伊波はやっぱりすごいんだなぁ……)
心の中で独り言ちて、瞼の裏で彼を想う。
チリチリと爆ぜる、甘い熱を感じながら。
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