第2章
第16話 鈍感は罪ダ
「すげぇ、もう15万人か……」
体調不良で撮影も配信もできない間に、猫宮さんのアドバイス、それとハクさんからもすすめられ、配信を編集した長尺の動画と切り抜きを作成した。
結果、これが大ウケ。
登録者はモリモリ増えて、今朝見ると15万人を突破していた。
切り抜きがウケるのはわかっていたが、動画にここまでの需要があるとは……。
ただこれまで俺が出してきた動画は、料理のレシピを淡々と語り実演するというもの。
対して、ハクさんとの動画は料理というよりバラエティー。しかも配信の映像を編集しているので、これまでとは全く毛色が違う。
既存のファン全員がこれを受け入れているわけではなく、否定的なコメントを残して去ってしまった人も少なくない。
……まあ、そうなるよな。
全部が全部、上手くいくわけがない。
このあたりの対策は、おいおい考えるとしよう。
「それよりも、まずはこっちをどうにかしないと」
YouTubeだけでなく、様々なSNSで知名度が伸びた結果、かなり面倒なことが起きた。
うちの家の間取りと窓の外の景色から、どこかの暇人が住所を特定したのだ。
今のところリア凸してきた人はいない……いや、一人いたな。ハクさんが第一号か。
殺し屋が来たこと以外のトラブルはないが、今後また何か起こっても困る。
幸い次の振り込みで懐も温まりそうだし、セキュリティがしっかりしたところへ引っ越すとしよう。
「あっ、もうこんな時間か」
時計を見てパソコンを閉じ、急いで身支度を始めた。
今日はハクさんとお出かけ。
彼女に料理を教える前に、まずはエプロンを買いに行く。
何だかんだ、あの人と友達になって結構経つ。
一応俺を殺しに来てるらしいけど、本当にこのままで大丈夫なのか?
っていうか、俺を殺すよう依頼したアンチはどこに行ったんだ。あれからまったく見ないぞ。少しくらい顔出して状況を説明しろよ、もうブロックしないから。
……はぁ。
考えるべきことも、わからないことも山積みだ。
まあでも、今日はいいか。久々の外出を精一杯楽しもう。
◆
十二月上旬。
季節はすっかり冬になり、俺はコートとマフラーで身を固めて外出。駅前でハクさんと合流し、その足で商店街に向かう。
「あらハクちゃん、こんにちは。たい焼き、今できたから食べて行きな」
「うちの卵焼きも持って帰りなよ!」
「コロッケが揚がったけど食べて行かない?」
「皆ありがとう! いただきまーす!」
前回同様……というか、前来た時よりも多くの人から餌付けされるハクさん。
俺が止めても誰一人聞く耳を持たず、通行人のお婆ちゃんですら彼女にお菓子をあげる始末。どういう流行りだよ、これ。
貰ってばかりでは悪いので、都度その店で何かを買う。
おかげでまったく前に進めないし財布がどんどん軽くなっていくが、これも仕方がない。彼女の愛されキャラのおかげで、俺の仕事が捗っているのだから。
「伊波もこれ! どらやき? って言うんだって! 美味しいよ!」
和菓子屋さんから貰ったどら焼きを半分に割り、俺の口へ捻じ込んだ。
しっとりとした生地。
ガツンとくる、あんこの甘さ。
美味い。最近甘いものをとっていなかったので、余計に脳が痺れる。
「あっ! 伊波さんにハクさん、こんにちはー!」
見慣れたプリン頭のギャル、猫宮さんに話しかけられた。
彼女は足早に近づいて来て、「コート似合いますねぇ」とハクさんに微笑みかける。
「こんにちは。この前は色々とありがとうございます。アドバイス通りに動画とか作ったら、いい感じに伸びました」
「でしょー。まあでも、二人のコンテンツのポテンシャル的にもっと行けますよ! 目指せ登録者100万人、ですっ!」
ふんすと鼻息を荒げながらガッツポーズを作る猫宮さん。
相変わらず元気だなぁと眺めていると、隣でベビーカステラを食べていたハクさんが突然目を剥いて緊迫した表情を浮かべた。
「な、何であなたがここにいるの……!?」
その絶叫に、俺と猫宮さんは首を傾げた。
どうやらハクさんは俺たちに言っているのではなく、その視線は猫宮さんのお店に向いている。
扉をガチャリと開いて出てきたのは、ダボッとしたパーカーにジーンズ、そして顔に能面をつけた何か。首に研修中と書かれた札を下げており、どうやら猫宮さんの店の店員らしい。
「んにゃ? ハクさん、知り合いなんですか?」
「知り合いっていうか……その……」
動揺するハクさん。
猫宮さんは仮面の店員の肩を叩き、「紹介します!」と声を張り上げる。
「最近雇った、ふーちゃんです! 仲良くしてあげてください!」
「……ドモ」
軽く会釈して、くぐもった声を漏らした。
声的に、おそらく女性。仮面が非常に不気味だが、従業員ということは不審者ではないのだろう。
「フライフェイス、こんなところで何してるの……? まだ私のこと狙ってるわけ……?」
「……いや、金が無クテ困ってイたら、ネコミヤに拾われタ。今はただの店員ダ」
「そ、そうなんだ。何か大変だね……」
ゴニョゴニョと内緒話をする二人。
辛うじて聞こえたが、どうやら顔見知りらしい。
俺の視線に気づき、ハクさんは俺の服を軽く引っ張る。
「……一応気をつけといて。この人、殺し屋だから」
「えっ……!? ……あ、はい。わかりました……」
耳打ちされ、俺は頷いた。
にしても、フライフェイスってすごい名前だな。
……てか気をつけてって言うけど、ハクさんも殺し屋なの忘れてるのか? しかも、俺を殺す任務を負ってるんだぞ。危険度的にはハクさんの方が上だからな。
「聞いてくださいよ!! ふーちゃんは、すっっっっっごい逸材なんです!!」
「逸材?」
「はい! あれ着て来てください、ふーちゃん!」
「……わかっタ」
のそのそと店内に戻り、待つこと数分。
戻って来たその姿を見て、俺はあんぐりを口を開けた。
中性的なパーカーは、身体の線を強調するタイトなニットに。
使い古されたジーンズはミニスカート、そして長い足を強調する黒ニットとブーツに。
仮面はそのまま。
しかし首から下のセクシー度合いが尋常ではないことになっており、俺はどこを見ていいのかわからなくなった。異形感プラス肉感というフェチズムに、妙に心臓がざわつく。
「ふーちゃんを見かけた時、ビビッと来まして! これはとてつもなくバズる予感がするって!」
「な、なるほど……」
「だから、うちで働いてって声かけたんですよ! アタシがやってるアパレルの服着てもらってネットに写真載せたら、これが反響激ヤバッ! 仮面付けてて服とスタイルだけしか武器がないのに、この圧倒的存在感ですよ! おかげでうちネットショップは、サーバーが落ちるほどのバカ売れです!」
「は、ははっ……いやぁ、はい。す、すごいですねー……」
猫宮さんはフライフェイスさんの後ろに回り、グラビアアイドル顔負けの胸を軽く揉む。
ついそこへ視線を向けてしまい、俺は恥ずかしさと申し訳なさから顔を逸らした。
と、そこでハクさんと目が合う。
彼女はシラーッとした顔で、俺を睨みつけている。
「……ふーん」
「な、何ですか?」
「へぇー、あっそー」
「だから……その、どうしました?」
「べっつにぃー? 何で伊波、私のこと見るの? フライフェイスのこと見てればいいじゃん。鼻の下伸ばしちゃってさ」
「い、いや! 伸ばしてませんよ! 俺は何とも思ってませんって……!」
何で俺、彼氏みたいな詰められ方してるんだ?
そんでもって、何で彼氏みたいな言い訳してるんだ?
「……フライフェイスもさ、そんなんでいいわけ? わざわざ日本に来てすることがそれ?」
「仕事もせず、ターゲットとイチャイチャ食事シテいるやつに言われたくナイ」
「い、イチャイチャなんてしてないし! 今だって仕事中だし!」
「ワタシも仕事中だ。こういう服を着ルのは初めてダガ、悪くない」
腰に手を当てて、それらしいポーズを取った。
煽情的な足がぬらりと存在感を主張し、否応なく視線が吸い寄せられる。
瞬間、バッとハクさんがこちらを向いた。
俺を殺しに来た時と同じ、研ぎ澄まされた刃のような白銀の瞳。何だかとてつもなくまずいことをしている気持ちになり、俺は視線を逸らして素知らぬ顔をする。
「ハクさーん、かわゆいですねー。ヤキモチですかー?」
「そういうのじゃ……な、ないし……」
「ハクさんも何か着てみます? ハクさんに似合う服、いっぱいありますよ!」
「えっ? う、うーん……」
猫宮さんにそそのかされ、ハクさんは難しそうに唸りながら俺を一瞥した。
そして次にフライフェイスさんを見て、何かを決意したように深々と頷く。
「……わかった。着てみる」
「本当ですか!? つ、ついでに写真とか撮って、インスタにアップしてみたり……」
「好きにしていいから、似合うの選んで」
「やったー!! これはまたバズるぞぉー!!」
欲望駄々漏れな言葉を残し、猫宮さんは凄まじい速度で店に引っ込んだ。
ハクさんも店に向かって歩き出すが、数歩前に進んだところでフッと振り返る。
「……私のことも、ちゃんと見てよ?」
不安そうな顔でそう言うが、意味がよくわからず俺は首を傾げた。
「俺が誰よりも一番見てるのは、ハクさんですよ?」
物理的に、ここ最近で一番会うのがこの人だし。
当然のことを言っただけなのだが、ハクさんは鳩が豆鉄砲を食らったよう顔をして、逃げるように店に入って行った。……何なんだ、一体。
「痛っ!?」
突然、横からの衝撃。
フライフェイスさんが、軽く肘打ちをしてきた。
「な、何ですか? 俺、何かしました?」
「鈍感は罪ダ」
「え?」
「程々にシテおけ。見ていてイラつく。殺すゾ」
ぬっと能面に迫られ、俺はわけが分からないまま「はいっ!」と背筋を伸ばした。
……何で俺、ハクさん以外の殺し屋からも命を狙われなきゃならないんだよ。
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