第17話 この変態めーっ!
フライフェイスさんと二人きり。
特に会話はなく、ただ店の前の道を通り過ぎて行く人々を眺める。
……にしても、この人も殺し屋ってマジか。
俺が知らないだけで、意外とありふれた職業だったりするのかな。普通に求人票出してたりして。
「どうシタ、こっちを見て。何か聞きタイことでもアルのか?」
俺の視線に気づいたのか、彼女は首を傾げた。
「い、いや……殺し屋ってハクさん以外にもいるんだなぁって。中々見られるものじゃないですから」
「職業が同じなダケで、アレとワタシではまったく別物ダゾ」
「別物って……?」
「アノ女は、殺し屋として極上の部類。巨大企業や諜報機関からも仕事がクル……と聞く。大抵の殺し屋は、あいつの足元ニモ及ばない」
一瞬映画の設定の話かと思ったが、フライフェイスさんの口調は真剣そのものだった。
俺に冗談を言う意味もないため、本当の話なのだろう。
「……ハクさんって、すごい殺し屋なんですね」
「そうだな。絶対に不可能ダト言われた仕事を、いくつもやり遂げてキタ。人の形をシタ死神だ」
「し、死神……」
「だからコソ、妙だ」
フライフェイスさんは腕を組み、ふむと息を漏らした。
「なぜお前のような、何の変哲もナイ一般人を殺ス仕事が回ってきた。あれは一人で、反政府軍や麻薬カルテルを潰した女ダゾ。理解がデキない」
「俺の抹殺を依頼した人が、ハクさんの腕を見込んで指名したんじゃないですか? ハクさんが所属する組織も、依頼人が社会的に地位のある人で断れなかったとか」
「可能性はアルが、だとしたらもっとおかしい」
「何がです?」
「お前はマダ、こうして生きている。依頼人がハクを指名するほど確実な死を求めているナラ、この状況は耐えられないハズ」
「た、確かに……」
「追加の刺客を送る素振りもナイ。ハクがネットで顔出しシテ、ターゲットと仲良くシテいることを咎めもしない。これは絶対に、何かがおかシイ」
俺に何か秘密があるのかと、彼女はまじまじとこちらを見る。
期待してくれているところ申し訳ないが、俺の手元にあるのは借金くらいで、他には草の根を分けて探したって何も出てこないだろう。
「……まあ気になることは沢山ありますが、今みたいな生活がずっと続くなら、俺はそれで構いません」
「儲かルシ、殺されもシナイからな」
「そ、それもありますが……ハクさんと一緒にいるの、楽しいですし」
チャンネルが盛り上がって、懐が温まるのは純粋に嬉しい。
だが、それと同じくらい……いやそれ以上に、今の俺にとって彼女との時間は掛け替えのないものだ。
「温かいご飯を食べて、いっぱい笑って、商店街の人たちからも愛されて……あの人には、そういう人生を送って欲しいと思っています。暴力なんて、ハクさんには似合わないですよ」
「似合わないか……フッ、勝手なコトを言う。アレがどれだけケダモノか知らないクセに」
「フライフェイスさんだって、ハクさんがどれだけポンコツか知りませんよね。あの人、自分に唐揚げって名前を付けようとしたんですよ。俺の手のひらにハクって書いて、これで私のもの! とか言ったり……」
何だそれは、と彼女は小さく笑った。
俺も手のひらに書かれた下手くそなカタカナを思い出し、くすりと鼻を鳴らす。
「ハクさんの人生に暗い部分があるのはわかりましたが、俺は何の力もない普通の一般人なので、基本的には自分に都合のいい部分だけを見ます。友達なので、精一杯の幸せを願います。それくらいしか、できることがないので」
「……そうやって割り切レテいる時点で、普通ではナイと思うが。ただ、何となくわかった」
「何がです?」
「アイツがお前といる理由だ。殺し屋と理解された上で、お前のようにサッパリと接してくれたら、ハクも気分がイイだろうな」
「そういうものですかね」
俺はただ、身の程をわきまえているだけだ。
自分の器に入りきらないことはしない、世間の大半を占める退屈な大人。……だが、それが結果的にハクさんのためになっているのなら、退屈なのも悪くないかもしれない。
「お待たせしましたー! さあどうぞ、ハクさん! 伊波さんにお披露目しちゃってください!」
「……えっ、いや。やっぱいいよ。こういう服……似合わない気がしてきたし……」
「何言ってるんですか! もう超絶ウルトラ似合いまくりですから! 胸張っちゃってください!」
猫宮さんに背中を押されながら、ハクさんが店から出てきた。
いつものスーツはそこになく、着ていたのは青と黒のワンピース。そもそものビジュアルも相まって、本当に妖精が出てきたような衝撃に俺は息を飲む。
「か、可愛い……」
無意識のうちにそう呟いてしまい、あっと口を覆った。
そのおかげか、不安そうにしていたハクさんは表情を崩し、「えへへ」と俺の脇腹を小突く。
「伊波、また鼻の下伸ばしたー。この変態めーっ!」
「の、伸ばしてませんって。勝手に決めないでください……!」
「そう? じゃあもう見ちゃダメ。ネットの皆に自慢するから」
「えっ……いや、それは……」
「なに? どうしたの?」
「……鼻の下伸ばしてたので、俺にもちゃんと見せてください」
「ふっふーん。仕方ないなぁ、伊波はっ!」
脅迫には抗えず懇願すると、ハクさんはニッと白い歯を覗かせて、バレエダンサーのようにその場で一回転した。
……うん、可愛い。
文句なしにそう思う。
その姿を見て、商店街の人たちも集まってきた。
可愛い可愛いと大勢から褒められ、ハクさんもご満悦だ。
「もしかシタら……」
フライフェイスさんが、チヤホヤとされるハクさんを見ながら呟いた。
「アイツには、ココでの生活がお似合いナノかも知れないな」
能面のせいで表情はわからないが、俺には何となく彼女が笑っているような気がした。
俺は頷いて、再びハクさんに視線を戻した。……あっ、また餌付けされてる。しょうがないな、まったく。
「――だ、誰かっ! そのひと捕まえて!!」
突然、女性の声が響いた。
声の方へ目をやると、女性が地面に尻餅をついており、若い男がバッグを手に走り去っていく。
ひったくりだ、と俺が理解した瞬間――。
もみくちゃにされていたハクさんが、引き絞られた弓矢のように飛び出した。
銀色の髪をなびかせ疾走する様は、さながら狼のよう。
人間離れした速度で距離を詰め、ひったくり犯の首根っこを掴む。
「このっ、離せ……!」
男はポケットからカッターを取り出し、ハクさんを切りつけようと振りかざした。
彼女はその腕を掴み、目にも止まらぬ速度でカッターを奪うと、流れるように刃を男の首元に押し当てる。
ハクさんの目は、動けば殺すと告げていた。
あまりの恐怖で男の膝は笑い、ついに気を失ってその場に倒れる。
「「「……」」」
この場の全員が、ハクさんを見ていた。
異物を見る目。
冷たい沈黙。
これはまずい――そう思った俺は、堪らず「ハクさんっ!」と叫ぶ。
「やっば!? マジちょーヤバいですね、今の!! ハクさんすごーい!!」
俺の声を遮り、猫宮さんが彼女に駆け寄った。
それを見て他の人たちも、「ハクちゃんお手柄だなぁ!」「すごいよハクちゃん!」と再び彼女を揉みくちゃにする。
「はぁー……よ、よかった……」
危ない空気が漂っていたが、猫宮さんのおかげでどうにかなった。
俺は再び笑顔を振り撒くハクさんを眺めながら、額ににじむ汗を拭った。
「ハクちゃん偉いねぇ。うちのこれ、持って行きな」
「これも食べてよ。さっき作ったばっかの出来立てだから!」
「こいつも持って行ってくれ。また今度感想聞かせてくれよ」
「皆ありがとう! いただきまーす!」
怒涛の勢いで餌付けされるハクさん。
やはり貰ってばかりでは悪いので、貰った数だけ買い物をする。
すっかり軽くなってしまった財布と、パンパンに膨れたマイバッグ。
相反する二つを手に、俺は小さくため息をついた。
◆
帰宅後。
当初はハクさんに料理を教える配信をするつもりだったが、予定外の出費で大量の食品を持ち帰ることになってしまった。中には日持ちしないものもあるため、これらを片付けなければならない。
「エプロン買ったところ悪いですが、料理は明日でもいいですか? 今日は色々貰い物や買った物を食べちゃいたいので」
「全然いいよ。配信はするの?」
「うーん。やるって昨日から告知しちゃったので、あれこれ食べながらゆるっと雑談しましょうか」
「いいじゃん、楽しそう! 私も皆とまたお喋りしたいし!」
マイバッグの中身をせっせとテーブルに並べるハクさん。
そんな彼女を横目に、俺は配信の準備に取り掛かった。
――――――――――――――――――
あとがき
伊波キッチンがカップルチャンネル扱いされている、ということで、実際にYouTubeでカップルチャンネルを調べてみました。
初めて見ましたが、私の想像以上に数字を取っている(登録者数十万人規模がゴロゴロいる)ことに驚くのと同時に、配信では「彼氏さんカッコいい」「彼女さん可愛い」と男女双方を褒めるリスナーばかりで、VTuberなどのオタクコンテンツとの文化の違いを感じました。優しい世界です。
ちなみに私は、科学や歴史等の解説、ゲーム実況が好きです。
最近個人的に熱いのは、ゆっくりドラちゃんねる。ドラえもんの解説チャンネルです。皆さんもおすすめのチャンネルがあったら教えてください。
面白かったらレビュー等で応援して頂けると執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。
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