第14話 Sideハク 大好き
「それで、おかゆってまずどうすればいいのかな……?」
伊波に倣って料理用の衣装にフォルムチェンジしたのはいいが、ハクはその先のことがまったくわからなかった。
:お米をお湯で沸かすだけ
:伊波さんが過去におかゆのレシピ動画あげてなかったっけ?
:超美味いおかゆ10選ってやつですよね
:何だそれ動画映えしねぇww
:あれのサムゲタン風美味そうだった
:実際に作ったけど美味しかったよ
:いいじゃんサムゲタン、生姜効いててポカポカするし
「えっと……じゃあ、そのサムゲタン風ってやつを作るね!」
そう高らかに宣言すると、一人のリスナーがレシピを貼った。
伊波の動画から引用してきたものだ。
鶏もも肉、ニンニク、ショウガ、鶏がらスープの素、塩と胡椒。
ハクは冷蔵庫を開いて、リスナーと共にそれらがあることを確認。
ついでに冷ご飯もあったため、それをおかゆに使用することに。
「まずはニンニクを薄切りにするんだね。よーし……!」
ニンニクをぽいっと宙へ放り、仕事用のナイフで切りつけた。
目にも止まらぬ斬撃。まな板の上に落ちたニンニクは綺麗な薄切りになっており、ハクは満足そうに口元を緩める。
:今のなに!?
:てかそのナイフどっから出した
:ハクさんって手品師かなにかですか?
:格好いい! もう一回やってください!
「え、格好いい? もう一回? へへぇ、いいよー」
人間以外を切って褒められたのが初めてで、ハクは照れ臭そうに言いながらニンニクをもう一粒取った。その調子で鶏もも肉も空中で切断。すごいすごいと投げ銭が飛び、ハクは得意げに胸を張る。
「で、次はどうすればいいの? ……ふんふん、生姜をすりおろすのか。わかった、ありがとう!」
伊波がかつてあげた動画の内容をリスナーが噛み砕き、ハクがそれを摂取して手を動かす。
調理は順調に進み、鍋に水、ニンニクと生姜、切った鶏もも肉を入れて火にかけるところまできた。
「あとはブクブクーってなるまで待って、そこにご飯を入れれば完成だね! おぉー、私できるじゃん! ハクさんすごい!」
:おかゆでドヤ顔可愛いww
:いや実際すごいだろ、この人おかゆが何かもわかってないんだぞ
:伊波さん、きっと褒めてくれますよ
「えへへ、そうかな? でも、すごいのは私だけじゃないよ。教えてくれる皆もすごいの! 皆のことも褒めてって、伊波に言っとくね!」
カメラに向かって、無垢な笑顔が炸裂。
銀色のポニーテールが揺れ、白い歯がキラリと輝く。
その眩しさに、コメント欄は加速した。
:もうダメだ可愛すぎて死ぬ
:伊波はいいからハクさんに褒められたい
:私もハクさんに褒められたいです!
:レシピコピペしたの俺だから、俺が一番褒められるってことですよね!?
:ハクさんが褒めてくれるボイスが販売されるってマジですか?
:出たら絶対買う
:出なくても買う
「ボイス? 販売? よくわかんないけど、今日は本当にありがとね! 皆がいてくれて、すっごく助かっちゃった!」
ボイス代という名目で飛び交う投げ銭。
現代人の疲れた心には、飾り気のないハクの言葉がよく刺さった。
:実際のところ、二人って本当に付き合ってるんですか?
と、そんなコメントが流れた。
それを見るなり、ハクは「えっ」と頬に朱色をにじませる。
「ち、違うよ! 伊波とはそういうのじゃないから! ……ま、まあ、優しいなとは思うけど? 大好きなのは本当だし。でも、変な意味じゃないよ!」
:これはできてますね(確信
:ハクさんが幸せなら、俺はオッケーです!
:若いっていいなぁー
:伊波さんのどういうところが好きなんですか?
「どういうところって……い、色々あるけど、やっぱり私を受け入れてくれたところかな。伊波に酷いことしちゃったのに、お腹空いてる私にご飯食べさせてくれてさ。あれは本当に嬉しかったよ」
そうしみじみと語って、やわらかく微笑みながら息を漏らした。
食い意地張ってて笑った、といったコメントが流れるのを見て、「そういうのじゃなくて」とハクは口を開く。
「……子供の頃さ、親も頼れる人もいなくて、道で物乞いしてた時期があるの。でも、周りもそんなに余裕ないし、私みたいな汚い子供には冷たくてさ。ずーっとお腹空いてて、死にそうで……我慢できなくなってパンを盗んじゃったんだ」
ははっ、と乾いた笑いを浮かべて、懐かしそうに目を細めた。
「そしたら捕まって、いっぱい殴られて蹴られてさ。全身パンパンに腫れて、身体の震えが止まらなくて、血のおしっこもいっぱい出て……このまま死ぬのかなって思った」
:海外怖すぎ……
:それマジの話?
:重過ぎて笑えん
:何か想像したら泣けてきた
:パンくらいで子供に暴力とか最低……
「盗んだのは私だから、別にその人は悪くないよ! 食べなきゃ死んじゃうのは向こうもだし!」
ハク可愛さに同情に染まるコメント欄に、ビシッと釘を刺しておいた。
空腹だったら他人から盗んでもいい、なんて理屈はまかり通らない。暴力を振るわれたことも、状況的に仕方のないことだったと思っている。
「あの時と一緒で、伊波にもすっごく悪いことしちゃったの。……っていうか、まぁ、今もしてる。でも伊波は、私とご飯食べてくれるし、友達にもなってくれたんだ。一緒にお出かけもしたし、お酒だって飲んだんだよ。こんな人って他にいないし、そりゃ大好きに決まってるよね!」
:よくわからないけどハクさんが楽しそうで本当によかった
:伊波さん、頼むからこの子を幸せにしてあげて……
:はよ結婚してもろて
「け、けけっ、結婚って……!? いや、そういうのじゃない! 本当にそういうのじゃ――」
と、否定しかけて。
『……本気になってみたら、わかるんじゃない……?』
昨日のことを思い出し、忘れていた胸の内側の異物感を再認識した。
カーッと頬を焼くハク。そんな彼女をリスナーたちは楽しそうに眺め、デート代やご祝儀といってお金を投げる。
:付き合ってるわけじゃないなら、伊波さんに彼女ができてもいいんですか?
「えっ、えぇ!? それ、は……その……伊波の勝手だし、別にいいと思うけどね? で、でもそうなると、私と過ごす時間、短くなっちゃうかもだし。それは伊波も嫌なんじゃないかなぁ、とか思ったり……」
:素直になれないの可愛すぎる
:じゃあ私、伊波さんに告っちゃお
:俺も抱かれに行くかー
:ハクさんがいいって言ってるし、別にいいよね
「あっ、わっ……! やだっ、ダメ! いや、ダメじゃないけどダメ! 伊波に迷惑かかるかも、だし……!」
:焦りまくってて草
:もう正直に言ったらいいのにww
:早く付き合っちゃえよ
「だーかーらー! 違うのっ、違うからー! 伊波は私のだし、誰かに取られちゃ嫌だけど、そういうのとは違うんだよ! …………た、たぶん……違うと、思う……」
急に自信がなくなり、ぷしゅーっと湯気を上げながら縮こまるハク。
そんな彼女を見て、全力で面白がるリスナーたち。
この配信のアーカイブをのちに伊波が確認し、彼女の発言を聞いて恥ずかしさから悶絶するのだが、それはまた別の話だ。
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