第13話 Sideハク おかゆ
「あぅううう……! うぅー、もぉおー! 私、何であんなこと言っちゃったのーっ!」
帰宅後。
ハクは一人、ベッドの上で悶絶していた。
初めてお酒を呑み、初めて酔い、伊波にダル絡みをしてしまった。
そこはいい。
気持ちよくて、ふわふわしていて、つい舞い上がってしまっただけだから。
問題はその先。
正気に戻ってからのこと。
『……本気になってみたら、わかるんじゃない……?』
自分の台詞を思い返し、「おうぉおおおお!!」と手足をバタつかせる。
生まれて初めて、誰かに庇ってもらった。
初めて異性に抱き締められた。
それによって自分の中で何かが決壊して、身体が勝手に動いてしまい、経験もないのにあんなあからさまな誘惑をしてしまった。恥ずかしいことこの上ない。
「うぅ……んぅー……うううー……」
胸の内側で何かが燃えているような、異物感がありつつも妙に心地のいい感覚に低い唸り声を漏らす。
枕に顔を埋めて、グリグリと鼻先を擦り付けて。
ぷはっと息を吸い、仰向けになって天井を見つめる。
「……明日、どんな顔で会えばいいんだろ」
そう独りごちて、彼に抱き締められた瞬間を思い出しながら、ギュッと布団に腕を回し力を込めた。
◆
翌日の夕方。
ハクは伊波の部屋の前にいた。
(落ち着けー……まずは昨日のことを謝って、許してもらって、それでおしまい! よし、完璧な作戦っ!)
ふんすと鼻息を荒げて、インターホンを押した。
十秒、二十秒と時間が経つ。だが、一向に扉が開かない。
(おかしいなぁ。伊波の気配はするから、中にはいるはずなのに)
どうしても手が離せない状況なのかも知れないし、単純にトイレにいるのかもしれない。
三分ほど待って、もう一度インターホンを押す。
しかし待てど暮らせど扉は開かず、「伊波ー?」と呼びかけても反応がない。
「寝てるのかなぁ……」
そう呟きながら、何の気なしにドアノブを捻ってみた。
「……えっ」
鍵が開いており、ハクの額に汗が浮かんだ。
もしかしたら、彼の身に何かあったのかもしれない。気まずさなど忘れて、そのまま玄関へ飛び込む。
「い、伊波、どうしたの!?」
玄関をあがり数歩あるいたところで、彼が床に倒れ伏していた。
誰かに殺されたのでは。最悪のケースを想像しながら駆け寄り、状態を確認する。
「んっ……あれ、ハクさん……?」
「何があったの!? 誰かに襲われた!?」
「あー、いや……ははっ、すみません。何でもないので、すぐに食事の用意を――」
「何でもなくないって!」
声を張り上げると、伊波はその場であぐらを掻いて気まずそうに眉を寄せた。
その顔はほんのりと赤く、もしやと思いハクは彼の額に手を伸ばす。
「うわっ! い、伊波、熱あるじゃん!」
「えぇ、まあ、その……さっき病院に行って来まして。帰って来たら意識が遠くなって……心配かけてすみません……」
「謝らないでよ! ってかそれ、どう考えても私のせい――」
「ハクさんは悪くないです! 本当に! 俺が勝手に体調崩しただけなので!」
ハクの表情に陰が差したのをいち早く察し、伊波は手を振り乱して釘を刺した。
直後にゴホゴホと咳をして、ハクは彼の背中をさする。
(勝手にって、私を庇ったりしたから……)
車が巻き上げた水飛沫から守ってくれたことを思い出す。
家まで送ってもらった際、シャワーを浴びるようにすすめたのだが、女性の家でお風呂は借りられないと断られてしまった。大丈夫だと言って足早に帰って行ったが、やはり大丈夫ではなかったらしい。
「今日はもう寝なよ。ベッドまで肩貸すから一緒に行こ?」
「……すみません」
何とか伊波をベッドまで運び、口元まで布団をかけた。
辛そうに横たわる彼を見て、どうしようとハクは焦る。こういう時、どうすればいいのかわからない。
(私、このまま帰っちゃっていいのかな? いやでも、こんな状態で放っておけないよ……)
かなり昔のこと。熱を出して、師匠に看病してもらったことを思い出す。
だが、されたことはあっても、誰かを看病したことはない。
一体何から手をつければいいのか。ハクは迷った末、スマホに登録された唯一の番号に電話をかけた。
「あ、もしもしドラド!?」
『はぁ、はぁ……なに? んっ……ぅう、ど、どうしたの?』
ハクと組織を繋ぐパイプ役のドラド。
電話には出てくれたが、なぜか息を切らしていた。しかも妙に艶っぽく、ベッドの軋む音まで聞こえる。
「ちょっと伊波が大変で――」
『ドラドさーん。僕と一緒の時に、誰とお喋りしてるのかなぁ?』
『い、一条……! ちょっと、ま、待って! これは仕事の電話でっ!』
『お楽しみの時くらいは、僕だけを見てて欲しいな。……それとも、僕しか見られないようにして欲しいっていうアピールかな?』
『ひゃっ!? ちょっと、どこ触って……!? ごめんティエ、じゃなくてハク! またあとでかけ直すから……!!』
電話の向こうには、ドラドの他にもう一人。
声からは女性か男性かわからないが、とにかくお楽しみの最中だったらしく、通話が切れてしまった。
申し訳ないことをしたと思う反面、生々しい現場に出くわしてしまい、ハクはほんのりと赤面する。
(……でも、どうしよう。ドラドが無理なら、誰に相談したら……)
忙しなく視線を左右に振り、ふと、テーブルの上のスマホが目にとまった。
伊波が配信の際に使う端末。
ハッと名案が浮かび、スマホに手を伸ばす。
「伊波、どんな感じでやってたっけ……。えーっと、ここは確かこんな感じで……あれ? 違うな……ここはこうで、こうやって……おっ! できた!」
昨晩、伊波と一緒に動画や配信に寄せられたコメントを読んだ。
その際、動画や配信とはどういう仕組みなのか、どこをどう触れば配信できるのかなど、色々と話を聞いた。
お酒は入っていたが、記憶力はかなりいい方。
彼の説明を一つずつ引っ張り出し、何とか配信を開始する。
:何か始まった
:今日はハクさん一人かな
:タイトルの伊波が大変! って何ですか?
「あっ、えっと、こんばんは。そう! 伊波が大変なの!」
伊波の眠りを邪魔しないよう、キッチンへ移動。
コメント欄と睨めっこしながら、伊波の現状を説明する。
:今日はそういう企画?
:ハクさんの慌てぶり的にマジなやつでしょ
:病院には行きましたか?
「あ、うん。病院には行ったって! でも、辛そうで……私、何かしてあげたいけど、どうすればいいかわからなくて。だから、皆と相談したいなって思ったの。……ごめんね、楽しい配信じゃなくて」
:謝らなくて大丈夫です!
:いい彼女で泣ける
:俺も熱出してハクさんに心配されたい人生だった……
:キスすれば風邪が移って治りますよ
「き、キス……!? へぇ……あれ、風邪治せるんだ。あ、いや、知ってたけどね? 知ってたけど、経験はないって話で。……でも、そういうことなら試してみよっかな」
:また謎の知ったかしてるww
:草
:可愛くて草
:この人、何でも本気にしちゃうんだからふざけたこと言うなよ
:ハクさんも風邪に罹るだけなので、絶対にやらないように!
純朴なハクを弄りたいリスナーと、真面目に議論を進めたいリスナー。
二つの勢力に挟まれて、ハクの思考は右往左往していた。
(何かもう、どうすればいいか全然わからないよ! 伊波ってすごいなぁ。コメントで色々言われても、全然気にせず料理してたし……)
:シンプルにおかゆ作ってあげたらどうですか?
不意に流れたコメントが、ハクの目にとまった。
「おかゆ? おかゆって何?」
:主に体調が悪い時に食べるものです
:子供の頃によく作ってもらったなー
:ハクさんが料理するの?
:おおー! 見たい見たい!
:伊波さん、喜ぶと思いますよ
おかゆが何かはよくわからないが、料理だということは理解できた。
伊波が喜ぶ――それは、ハクにとっても喜ばしいことだ。
すぐさまコートとジャケットを脱ぎ、いつも伊波が使っているエプロンを装着。
髪を一括りにして、豪快に腕まくりをする。
「よーし! じゃあ今から、おかゆ作っちゃおう!」
――――――――――――――――――
あとがき
電話で登場した一条というキャラですが、私が書いた『大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話』のサブヒロイン、一条晶と同一人物です。お話に大きく絡むことはないと思いますが、お気に入りのキャラなので出しました。
ちなみに『大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話』はコミカライズが決定しておりますので、本作と併せて手に取っていただけると幸いです。
面白かったら、レビュー等で応援していただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。
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