第12話 何されてもいいよ
「んじゃ、始めましょうか」
「うんっ!」
帰宅後、早々に焼肉パーティーを開始。
いつものテーブルにホットプレートを置き、山盛りの白米を用意して座る。
肉はカルビやロース、ハラミにタン、シマチョウやレバーなど、よりどりみどり。
最初に焼くのはタン。
ジューッと音を立てて色が変わっていく様にハクさんは興味津々で、落ち着きなく感嘆の声を漏らす。
「もう食べれる!? もういけるよね!?」
「そうですね。じゃあこのネギ塩ダレで、パクッといっちゃってください」
「はーい!」
箸を片手に、うずうずモジモジ。
俺からのGOサインを受けて、ハクさんはタンを一枚とって取り皿に置き、自家製のネギ塩ダレをかけて口へ運ぶ。
「んまぁ~~!! 何これ美味すぎー!!」
「あそこのお店のお肉、いつ食べても美味しいんですよね」
「お肉もそうだけど、このタレ! 今まで食べた焼肉のタレの中で一番好きかも! かもってか、好き! 一番好きっ!」
二枚目、三枚目、四枚目と、凄まじい速度でプレートの上からタンがなくなってゆく。
それに比例して白米の山も崩れ去り、早くも残りわずかとなる。
「伊波も食べなよ! とっても美味しいから!」
「あ、はい。いただきます」
ハクさんの食べっぷりがあまりに気持ちよくて、つい見入ってしまっていた。
じゃあ俺も一枚っと……うん、美味い。
タレに関しては市販のものの味を再現しただけだが、家で作ると無限にネギを増すことができる。これが個人的に結構嬉しく、焼肉をする際は絶対に作るようにしている。タンだけじゃなくて他のお肉とも合うし、余ったら炒飯にでも入れてしまえばいい。
「伊波は白ご飯食べないの?」
「俺はこっちがあるので。あとでお腹に余裕があれば食べますよ」
プシュッ。
缶チューハイのプルタブを開けて、口の中の塩味ごと胃袋へ流し込んだ。
動画や配信では一切呑まないが、わりと俺はお酒が好きだったりする。
まあ万年金欠だから、たまにしか呑めないけど。
「安心してください。酔っても暴れたりしませんし、そもそも酔うほど呑まないので」
「ふーん、お酒かぁ。呑んだことないなー」
と言って、物欲しそうに俺の缶チューハイを見つめた。
あげてもいいが、ハクさんって成人してるのか? そもそも何歳なんだ?
見た目的には間違いなく二十代だけど、大人びてるだけって可能性もあるし。ってか、自分が生まれた国すらわからないって言ってたから、年齢だってわかるわけないか。
「冷蔵庫に同じのがあるので、取ってきましょうか?」
「いいの!?」
「はい。一緒に呑みましょう」
「やったー! ありがとう!」
未成年の可能性もあるが、殺しを生業としている人間に日本の法律を遵守させるのもおかしな話なので、俺は何も聞かず冷蔵庫へ向かった。
◆
「うぅー、いなみぃー」
「はいはい。何ですか」
「うへぇへっへー、呼んだだけー」
「……そうですか」
雨が傘に当たり、ポツポツと音を鳴らす。
俺はハクさんに肩を貸しながら、彼女を家まで送り届けるため夜道を歩いていた。
はぁ……ったく、どうしてこんなことに。
缶チューハイ一本で酔い潰れたハクさん。
時間も時間なので帰るよう言うと、ずっと一緒にいてと駄々をこねだした。
それはまぁ、正直可愛かったのだが……ただ、男一人の家に泊めるわけにはいかない。
タクシーを呼ぶと言うが無視。仕方なく家まで一緒に歩こうかと提案すると、渋々ながらも承諾してくれて今に至る。
「いなみぃー」
「どうしました?」
「すきー、だいすきーっ」
「……っ、は、はあ……」
俺に寄りかかって、耳元で甘い声を鳴らす。
尋常ではないほど心臓に悪い。
どうにか平常心をたもっているが、少しでも油断すれば変な気を起こしてしまいそうだ。
「いなみ、顔あかいよ? どうしたの?」
「い、いやぁ……ははっ……」
「ねえ何で? ハクさんによくみせて?」
「ちょっ、あの……!」
俺の頬に手を当てて、そのまま強く挟み自分の方へ引き寄せた。
恐ろしいほどに綺麗な顔が、目と鼻の先。お互いの呼吸すら感じる距離感で、彼女はアルコールで蕩けた瞳をぱちくりと開閉する。
「あっ。また顔、あかくなった」
「……そ、そりゃこれだけ近かったら、そうなりますよ……!」
「何で? 私によくじょー、するの?」
「……っ!」
「ふふふー。いなみはすけべだなぁー」
図星を突かれ硬直する俺を見て、ハクさんは妖しげに喉を鳴らした。
「でもぉー、まあ、それはそれでいいかなぁ」
「な、何がですか?」
ぬらりと俺の首に腕を回し、軽く背伸びをして顔をより近づけた。鼻腔をくすぐる雨の匂いと、彼女の匂い。濡れた銀の双眸に俺を映して、彼女はニマニマと微笑む。
「……いなみになら、何されてもいいよ。私の……大事なひとだし」
痺れそうなほどの甘い囁き。
艶っぽい息遣い。
俺の中の理性に凄まじい衝撃が走った、その時――。
すぐ脇の車道をトラックが通り、大きく水飛沫をあげた。
咄嗟にハクさんを抱き締めて車道に背を向け、何とか彼女を守る。
よかった、間に合って。
ハクさんは当然のこと、買ったばかりのコートが濡れては大変だ。……代わりに俺の背中はびしょ濡れで、バカみたいに寒いけど。
「……ぅっ、ぅあ……い、伊波……?」
「あ、すみません! 変な気を起こしたとかじゃなくて、濡らすわけにはいかないと思っただけなので……!」
俺の腕の中で呻き声をあげるハクさん。
突然のことに驚き酔いが覚めたのか、彼女の顔つきは先程と違いいくらかハッキリとしていた。
すぐに離れよう。
そう思って腕から力を抜くも、今度は向こうから抱きつかれて動けない。
「私の分まで、伊波が濡れちゃったじゃん! 庇ったりしなくてよかったのに!」
「無意識に動いてたんですよ。気にしないでください、俺が勝手にやったことなので」
「気にするって! だって私、伊波のこと大事だもん!」
「俺もハクさんのこと、大事に想ってますよ」
そう返すと、彼女はピタリと口を閉ざして硬直した。
顔がみるみる赤くなっていき、壊れた玩具のように小刻みに痙攣して、ついには俺の胸に顔をうずめる。
……何か勢いに任せて、かなり恥ずかしいことを言ってしまった。
まあ、変にハクさんに罪悪感を植え付けるわけにもいかないから仕方ないか。
「大事なので、身体の一つくらい張らせてください。……あと、酔った勢いだとは思いますが、何されてもいいとかそういうことを軽率に言わないように。俺が本気にしてたらどうするつもりだったんです?」
あはは、と冗談めかしく笑いながら言うと。
ハクさんは俺を見上げたまま、二度、三度と瞬きして、キュッと桜色の唇を噛み締め視線を伏せた。
白く細い指で、俺の服を掴む。
刻まれたシワ。
服越しでも伝わる、淡い体温。
彼女の、熱。
「……どうも、しないよ」
「は、はい? どうもしないとは……えっと、つまりどういうことですか……?」
浅く空気を吸って、こつんと俺の胸を額で叩く。
「……本気になってみたら、わかるんじゃない……?」
数秒の沈黙。
しばらくして視線を上げ、再び俺を見つめた。
アルコールの気配がない、真剣な眼差し。
走ってもいないのに彼女の呼吸は乱れており、口元に視線が吸い寄せられる。
「ぶぇへっくしょん!!」
傘の下に満ちていた妙な空気を吹き飛ばすような、大きなくしゃみをしてしまった。
間一髪のところで顔を逸らしハクさんにはかからなかったが……まずいな、これ。もしかして風邪ひいたか?
「は、早く行きましょう。結構寒くなってきたので……」
「あっ。う、うん! そうだね!」
ハクさんも正気に戻ったのか、ケロッといつもの調子に戻った。
しかしその手は、俺の服を強く掴んだままだった。
――――――――――――――――――
あとがき
明日からは1日1話、6時10分に投稿していきます。
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