第8話 ハクさん賢い!
「今日も結構な人来たな……そんなにこれ、需要あるのか……?」
作ったものを全て食べ切るところまで映していてはキリがないので、適当なところで閉じて今日の配信のデータを確認した。
最大同時接続数や平均視聴時間など、今までの活動がバカらしくなるほど全ての数字がいい。
昨日ほどではないが投げ銭の額も上々で、この調子でいくと税金の心配をしないといけなくなる。
「伊波もこっちおいでよ。一緒に食べよー」
「あ、はい。今行きます」
配信用のスマホをキッチンの調理台に置いて、居室で食事を続けるハクさんのもとへ向かい座った。
テーブルの上にはフレンチトーストの残りと、もう一本の食パン三斤で作ったパン料理。
一つはクリスピーチョコサンド。
切った食パンをめん棒で薄く潰してチョコレートを挟み、フライパンで上から押さえつけながら焼いたもの。表面はカリッ、中のチョコは溶けており、シンプルで簡単なのにとても美味しい。
そして、もう一つはクリスピーベーコンチーズサンド。
こちらはチョコの代わりに、マヨネーズとベーコンとチーズを挟んだもの。
味は説明不要、この組み合わせで不味くなるわけがない。ハクさんは甘いものを所望していたが、俺も食べる以上は塩気も欲しいので作ってみた。
「んぅ~~~! チョコうまぁー! サクサクもちもちで、無限に食べられちゃうね!」
「……本当に無限に食べ続けられそうですよね、ハクさんって」
食パン三斤の重さは約1.8キロ。
それを丸々フレンチトーストにしたのに、この人は九割がた食べ切ってしまった。その上でチョコもベーコンチーズも一切手を緩めずに食べており、あとでお腹を壊さないか心配になる。
「さっきキッチンで何見てたの? 次作る料理のレシピ?」
「配信のことでちょっと。ハクさんのおかげでたくさん人が来てくれて、今日もすごく助かりました」
「へへへー、そう? もっと感謝してくれてもいいんだよ?」
ムフーッと鼻息をついて、ドヤ顔をするハクさん。
「ありがとうございます」と頭を下げると、彼女はますます上機嫌に胸を張った。しかしその顔は徐々に真面目さを帯びてゆき、クールで美しい笑みを浮かべる。
「でも、本当に一番すごいのは伊波だよね」
「え? いや、俺は別に何も……」
「何百人とか何千人とかの前で、ちゃんと喋りながらミスなく料理するとか普通はできないよ。私とか食べることで誤魔化してたけど、緊張でガチガチだったもん」
それは慣れの問題だからすごいもくそもない、と言いかけて。
俺が唇を開くよりも先に、ハクさんは手を伸ばして俺の頭の上に置いた。そして大人が子供にするように、ゆっくりと優しく撫でる。
「お仕事お疲れ様。伊波はすごいし、とっても偉いんだよ」
「そ、そうですか……?」
「うん。私が言うんだから間違いない!」
「……ありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちの方だよ。ありがとう、今日も美味しいご飯作ってくれて」
直に褒められることに慣れていない上、誰かに頭を撫でられるなんて小学生以来なため、恥ずかしくて顔を上げられなかった。
だが、彼女が一向に撫でるのをやめてくれないので、そっと視線を上げて状況を確認した。
すると目が合い、白銀の瞳がぱちりと瞬く。何が嬉しいのか、ニッと白い歯を覗かせる。
「あっ! は、ハクさんそれ! ジャケットが!」
「え?」
テーブルに身を乗り出して、俺に構っていたせいだろう。ジャケットの裾に、フレンチトーストにかけていたメープルシロップがついてしまった。彼女は元の位置に戻り、「へーきへーき」と何でもなさそうにティッシュで汚れを拭う。
「別にクリーニングに出しちゃえば済む話だし。同じの何着も持ってるしさ」
「そういえば昨日もスーツ着てましたけど、そんなに好きなんですか?」
「とりあえずこれ着てたら、何かの仕事してる人なのかな、とか思われて警戒されないでしょ。身分を証明してくれる服って便利だよね」
詐欺の受け子が金の受け渡しをスムーズに行うため、スーツを着用するみたいな話か。
……ちょっと反応に困るな。
「あと、私の師匠もよくスーツ着ててさ。殺し屋の制服はこれ、みたいに刷り込まれてるんだ」
「師匠……とかあるんですね。殺し屋業界って」
「私が勝手にそう呼んでただけだけどね。よく殴られたけど、いつもご飯食べさせてくれて、お父さんみたいな人だったよ」
そう語るハクさんの顔は誇らし気で、それでいてなぜか少し寂しそうだった。
表情のわけが気になったが、何となく聞かない方がいい気がした。「そうですか」と俺は軽く流し、フレンチトーストを口へ運ぶ。
「あっ、そうそう。実は今日、ハクさんに聞こうと思ってたことがあるんです」
「私に? いいよ、どーんっと聞いちゃって!」
頼られるのが嬉しいのか、彼女は自信満々に胸を張った。
……本当にいちいち可愛い挙動するよな、この人。
「俺の殺しを依頼したのって、どこの誰なんです? 今の日本でそんな依頼出すとか、一般人には無理ですよね?」
「それかー。ごめん、ちょっとわかんないな。私は上から言われて、伊波のとこに来ただけだし」
上ってことは、殺し屋を管理する組織のようなものがある、ということだろう。
いよいよ映画じみてきたな。
「じゃあ上の人にかけ合って、依頼主に依頼を取り下げてもらうよう頼むってことはできます……?」
「無理。うちは高いお金を支払ってもらう代わりに、ターゲットの必殺を約束してるから」
「もうやらなくていいって、依頼主が言っても?」
「そう。依頼した時点で、銃の引き金を引いたのと一緒なんだよ。真っ直ぐ飛ぶ弾丸に向かって、もうやめて! なんて言っても遅いでしょ? それと一緒で、相手が間違ってましたとか、もうやめたいですとか、そういうの通じないわけ」
「……わかりやすい説明、ありがとうございます……」
依頼すれば確実に相手が死ぬ。殺し屋として、これ以上ないブランディングだろう。
……当事者の俺からすれば、絶望しかないが。
「でも、安心して! 私は食材がある限り、伊波に何もしないから!」
「……逆に言うと、食材がなくなった時が詰みってことですよね?」
「そ、その時は、買い出しに行けばいいんだよ! うん、私ってば天才! ハクさん賢い!」
俺も今日ガッツリ買い物へ行ったが、この裏技的な延命処置を本人の口から語られるとは思わなかった。それでいいのか殺し屋、と若干心配になり、口から乾いた笑いが漏れる。
「でさ、明日は何作るの? 伊波の料理、もっともっと食べたいな!」
「明日ですか? ハクさんは食べたいものとかあります?」
「うーん、何だろ。どうせ配信するなら、皆が見て喜ぶようなものがいいよね」
配信二回目にして、映えというものを理解するとは……。
ただのアホの子じゃないな、この人。
「こうも連日配信するのは大変なので、明日は普通に食べませんか? チャンネル登録者10万人記念ってことで、家で焼肉とかどうです?」
「や、焼肉ぅ!?」
ずっと欲しかった玩具を買ってもらった子供のような笑顔に、俺もつられて頬が緩んだ。流石にこれは知ってるのか。みんな好きだよな、焼肉って。
「ハクさんの好きなお肉、何でも買って来ますよ。カルビがいいとか、タンは絶対食べたいとか、そういうのあります?」
「好きなお肉……私、名前とかよくわかんないからなぁ。お買い物、一緒に行っていい?」
「……えっ?」
食材があるから俺を殺せないという筋書きなのに、更にその食材をターゲットと一緒に買いに行くとか、それは殺し屋的に大丈夫なのか?
……いやまあ、俺が気にすることじゃないか。
ハクさんがそうしたいなら、そうさせておこう。
「いいですよ。じゃあ、行きましょうか」
「やったー! お買い物だー!」
「……すごく楽しみにしてるところ悪いんですけど、精肉店ってテーマパークみたいに華やかなところじゃないですからね?」
喜び方が凄まじいハクさん。
もしや変な勘違いをしているのではと思い、一応釘を刺しておいた。
「それくらいわかってるよ。でも私、友達とお買い物とか人生で初めてだからさ! そりゃテンション上がるでしょ!」
と言って、にまぁと今にも蕩けて落ちそうな笑みを浮かべた。
……友達と買い物か。
俺も久しぶりだな、そういうの。
「私、伊波に会ってから初めてのことばっかで、すっごく楽しいんだぁ。ありがとう、友達になってくれて!」
「会ってからって、まだ昨日今日の付き合いじゃないですか」
「ってことは、これからもっと楽しくなるってことじゃん! 私の初めて、全部あげるね!」
「ごほっ!? げほっ、ごふっ!!」
本人に全くそのつもりはないのだろうが、俺の心は汚れているので思わずむせてしまった。「大丈夫!?」とハクさんに心配されつつ、水を飲み呼吸を整える。
「だ、大丈夫です。俺もハクさんと出かけるのが楽しみで、ちょっとテンションが上がっちゃって」
「そうなの? えへへー、そっかぁ。伊波は仕方のない子だなぁ」
人懐っこい笑みを咲かせて、テーブルの下で足を伸ばし「えいえいっ」と俺の膝を小突く。
他愛もない痛みが、くだらないじゃれ合いが妙に嬉しくて、俺は柄にもなく軽くやり返した。
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