第7話 俺はフレンチトーストマシンだ
「――はい。ってことで皆さん、こんばんは。伊波です」
:ばんわー
:初見、切り抜き見ました
:昨日の茶番面白かったです
:殺し屋さんいるー!
「昨日はお騒がせしちゃってすみません。留学で日本に来てる友達のハクさんです。今日も一緒にご飯食べようかなと思って、家に来てもらいました」
「こ、こん……こんばんはっ。うわぁ、いっぱい人いるー……!」
「配信のこと、ハクさんは気にしなくていいので。普段通りでいてください」
そう言うと、「わ、わかった……!」と小さくガッツポーズを作った。
気にするなと言われても難しいとは思うが、ガチゴチに緊張していては食事の味などわからないだろう。極力気持ちよく腹を満たして帰って欲しい。
……しかし、すごいな。
急遽配信が決まったため告知をしたのはほんの数分前なのだが、既に普段よりも同時接続数がずっと多い。コメントの流れも速く、これまでが嘘のようだ。
:10万人突破おめでとうございます!
:おめでとー
:初見です
:一日でめちゃ伸びててびびった
「いやー、俺もビックリですよ。全部ハクさんのおかげです」
「えっ、私?」
「そうですよ。ハクさんが来てくれたから、すごく助かってるんです」
「ふ、ふーん。私、役に立ててるんだ。私ってすごいんだ……!」
ニヤニヤと間の抜けた表情を晒し、途端にハッと顔を引き締めて胸を張る。
「ま、まあ、知ってたけどね? 私がすごいことくらい、私自身が知り尽くしてたけどね? ようやく世の中が、その価値に気づいたってことかな。いやー、待ちくたびれたよ!」
鼻高々なハクさん。
それに呼応して、可愛い可愛いと大いに持ち上げるリスナーたち。
昨日もそうだが、謎に張り合ってきたり、無駄に強がったり、露骨に調子に乗ったりと、この人は良くも悪くも人間味に溢れている。
俺の勝手な想像だけど、殺し屋なんて職業に向いてないんじゃないか?
いやまあ、昨日家に乗り込んできた時の目は本気で怖かったけど。
「改めまして、チャンネル登録が10万人を突破しました。皆さん、ありがとうございます。ただ、今回の配信はその記念でも何でもなく、本当にただご飯を作って食べるだけなので過度な期待はしないでください」
:二人が喋ってるとこ見れたら何でもいいです!
:飯テロはよ
:今夜は何作るの?
「えーっと、今夜は――」
戸棚の上に手を伸ばし、朝のうちに買ってきたものをドンと置いた。
「三斤の食パンを二本買ったので、これで甘いのを作っていこうと思います」
「で、でっかぁ! こんなの初めて見た! ……でも、あれ? 二本って、ここには一本しかないよ?」
「もう一本は既に
:三斤を二本って、この量を二人で食べるの?
:伊波さんも食べる方だけど、昨日のハクさんの食べっぷりやばかったからな
:唐揚げ、一人でほとんど食べてましたよねw
ぶっちゃけ、足りないよりマシの精神で買い過ぎた自覚はある。
三キロくらいなら胃に入るので、彼女の口に合わなかった時は頑張ろう。
「わーっ、すごぉーい!! ちょーいい匂い!!」
冷蔵庫からバットを取り出して調理台に置くと、一気にキッチンを支配した甘い匂いにハクさんは大興奮。
バットの上には、分厚く切られた食パンがいくつも並ぶ。
どれも濃いクリーム色をしており、これが何かわかったリスナーたちが一斉にその名をコメントしている。
「食パンを使った甘い料理といったら、やっぱりフレンチトーストでしょう。流石のハクさんも、フレンチトーストはわかりますよね?」
「ば、バカにしないでよ! 何回も食べたことあるもん! えーっと、その、あれあれ! ……な、何か甘くて美味しいやつ!」
「……別に間違ってはないんですけど、考えたわりには味の解像度低過ぎません? 本当に食べたことあります?」
「私くらいになると、一周回ってシンプルになっちゃうんだよね。伊波のレベルじゃまだたどり着けないと思うけど、いつか同じ景色を見られたらいいな。待ってるよ、遥か高みで!」
「はいはい」
:お前ら仲いいな
:安定のアホの子で草
:初見です
:フレンチトーストいいなぁ
フレンチトースト。
卵と牛乳などの混合液をパンに染み込ませて焼く、最も有名なパン料理の一つ。
朝に仕込みをしてずっと漬けていたため、食パンは今にも崩れそうなほどひたひただ。
いつ見てもいいなぁ、これ。焼くのが楽しみになってきた。
「ちなみに三斤分なので、このバットがもう一つ、冷蔵庫に眠っています。仕込みの様子は動画に撮ったので、明日にでもアップしますね」
大きめのフライパンをコンロに置いて、バターをぽい。
中火にかけてバターが溶けたところで、食パンを投入する。
「ふわぁー、すっごくいい匂いっ! 唐揚げと全然違う!」
「そりゃ唐揚げに入れてる調味料、卵以外一つも被ってないですからね」
「これ、いつできるの!? もう完成!?」
「ちょっと待ってください。じっくりと中心まで火を通して、あと耳もしっかり焼かないと」
「こんなの生殺しだよぉー! もっと早く焼けろぉ! 頑張れ伊波ーっ!」
「俺を応援したってどうにもなりませんよ」
「伊波はすごいよ! 美味しいもの作れて、自分のお店がダメになったのに頑張ってて、私のために料理してくれて! 頑張ってる伊波、カッコいいよっ! 大好きーっ!」
「い、いやだから、俺を応援してどうするんですか!? ていうか、だっ、大好きとか、冗談でも言っちゃダメです!! そういうことは、ちゃんと相手を選んで言ってください!!」
:イチャイチャごちそうさまです
:顔真っ赤で草
:伊波さんってクールぶってるけど以外とウブなのね
:友達とは何だったのかww
:『今は』友達ってことだろ
:ご結婚おめでとうございます!
リスナーたちが好き勝手言っているが、一旦無視するとして……。
人生で初めて異性から好きだと言われ、自分でも驚くほど心臓がバクバクと鳴っていた。
……お、落ち着け俺。
ハクさんは日本語が達者だが、生まれも育ちも海外。そういった言葉が出てしまうのは、単純に育った文化が違うから。これといった特別な意味はない。
「落ち着けー……俺はフレンチトーストマシンだ……鋼のフレンチトーストマシンなんだ……!!」
「なにバカなこと言ってるの?」
ひとがせっかく自己暗示をかけて雑念を振り払おうとしていたのに、横からハクさんが冷静なツッコミをかましてきた。それをスルーして、機械的にフレンチトーストを仕上げてゆく。
「……よーし、できた。完成ですよ、ハクさん」
「ほんと!? わーい、やったー!」
白い皿の上に、フレンチトーストを盛りつける。
一枚、二枚、三枚と枚数を重ねるごとに、ハクさんの笑顔の輝きが増していきとても面白い。
「それじゃ早速、いただきま――」
「ちょっと待ってください」
ぐるるるる、と空腹を知らせるハクさんの胃袋。
制止した俺を見て、彼女は今にも泣き出しそうな顔を作る。
「そんな顔しないでくださいよ。そのフレンチトースト、実はまだ欠けてるピースがあるんです」
「欠けてる、ピース……?」
「温かくてしっとりやわらかなあまーいパンに、こいつを合わせたら最高じゃないですか?」
冷凍庫から出したのは、俺が事前に作っておいたバニラアイス。
流石の彼女もこれはわかるようで、その姿を見るなり大きく目を剥いて腰を抜かす。……いやあの、リアクション完璧すぎない? どこで習ったの?
「あ、アイス、乗せちゃうの……!? フレンチトーストに!?」
「もう好きなだけ乗せちゃってくださいよ。たくさん作ったので」
「好きなだけ!? ほ、ほんとにやっちゃうよ!? やっちゃうからね!!」
:何でこの子こんなに可愛いの?
:料理始めたら僕も銀髪美女とお近づきになれるかな……
:伊波さんみたいに自分で始めた店を消し炭にしたらワンチャンあるんじゃね?
:トラックと強盗も忘れるなよ
:その上で借金だぞ
:すみません、僕に銀髪美女は無理です……
そもそも出会い目的で料理なんかするなよ、と心の中でツッコミを入れつつ……。
嬉々としてアイスを盛るハクさんを見て、その無邪気さに思わず笑みがこぼれた。
「こ、今度こそ食べるよ! いいよね!?」
「はい。どうぞ、召し上がれ」
「いただきまーす!!」
ナイフとフォークで、フレンチトーストを真っ二つに。
片方の上にアイスをこれでもかと乗せて、そのままフォークを突き刺す。
でっか……!
え、それをそのまま食うの? ちょっとしたおにぎりくらいの大きさあるぞ。
俺の心配をよそに、ハクさんは目一杯口を開けて頬張った。
はむっ、もぐもぐ。数回の咀嚼ののち、「んぅーーーー!!」と身体を左右に捻りながら悶絶。言葉を発せない代わりに、頭を振り乱しながら俺の胸をぽかぽかと叩く。
「すっごいよこれ! 美味しい、ちょー美味しい! あったかくて冷たくて、甘くて幸せでもうわけわかんないっ!! とにかく美味しすぎてやばい!!」
顔を上げた彼女の瞳は、これでもかというほどの眩い光を帯びていた。
美味しい――何度言われたって、その一言が堪らなく嬉しい。照れ臭くて、口元の緩みがおさまらない。
「実は更なるトッピングとして、いちごソースを買ってまして」
「美味しいやつじゃん! ぜぇええええったい美味しいやつじゃん!! 食べなくてもわかるよ!!」
「あっ、食べなくていいんですね。じゃあこれはしまっておきます」
「……何でそんなこと言うの?」
:おい伊波
:おいこら
:てめぇこの野郎
:表出ろ
満面の笑顔が一瞬でしゅんと枯れ、コメント欄は一斉に俺への罵倒で染まった。
ほんの冗談のつもりだったのだが、まさか彼女がそんな反応をすると思わず、「あ、いや!」と嫌な汗が額ににじむ。
「違います! 冗談っ、ただの冗談ですから! 本気にしないで――」
と、言いかけたところで。
――ぎゅむ。
ハクさんはフォークに刺したフレンチトーストを、俺の口に押し込んだ。
温かくて上品な甘さのフレンチトーストと、ミルキーなバニラアイス。
きっと幸せに味があるとしたら、こういう味だろう。
俺が食べているのを見て、彼女は悪戯が成功した子供のように、ニヤッと白い歯を覗かせた。その無邪気な笑みに、安堵と共に心臓が痛いほど跳ねる。
「なになにー? こんな演技で焦っちゃって、単純だなぁ。伊波も私のこと、大好きなんだね?」
「……ま、まあ、その……ははっ……」
:ハッキリ言えよ男だろ!
:羨ま死ね
:うじうじするのよくないと思います
:死ね
:幸せに生きて健やかに死ね
:借金返して死ね
粘着してきたアンチはいなくなったが、この配信以降、俺への厳しいコメントが格段に増加した。
――――――――――――――――――
あとがき
市販のバニラアイスだと、業務スーパーなどで購入できる明治ファミリアが一番好きです。絶妙な安っぽさが、フレンチトーストによく合います。ただ沢山入ってていっぱい食べちゃうので、買うたびにお腹壊しちゃうのが難点ですね。
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