第4話 私の名前、からあげにしよ


 殺し屋さんが家に来た際に暴れたせいか、配信用のスマホの充電コードが抜けており、気づいた時にはバッテリーが残り2%だった。


 充電しながら続けてもよかったのだが、ゲストがいる状態での配信が初めてなため、続けたところでどこで切ればいいのかわからない。


 唐揚げも全部揚げたし、今終わればタイミングとしては綺麗。

 なので俺は、「今日はこのへんで」と配信を閉じた。


「あっ。誰かに通報してもらうために、配信してたんだっけ……」


 ばいばーいとライブをオフにしたところで、自らの手で命綱を手放したことに気づいた。

 ……まあでも、別にいいか。あのまま続けてても、誰かが通報することは絶対にないだろう。どいつもこいつも殺し屋さん可愛いしか言わないし。


「配信!? あ、あなた、さっきまでのことを全部配信してたの!?」

「え? あっ、えっと、その……!!」


 お茶碗に八杯目の白米を盛りながら、殺し屋さんは目を見開いた。


 まずい。そういえば、配信してるって言ってなかったな。

 彼女からすれば、犯行現場をおさえられたも同然。言い逃れできないなら仕方ないと、今から俺を殺しに来るかもしれない。


「す、すみません! 俺、動画作ったり配信するのが仕事で! 別に殺し屋さんをネットに晒してやろうとか、そういうつもりはなくて……!」


 他意はなかったと説明し、どうにか命乞いをする。

 殺し屋さんは少し考えて、「仕事かぁ」と呟く。


「仕事なら仕方ないか。伊波はそれで稼いでるんだもんね」

「……えっ? 許してくれるんですか?」

「許すも何も、私だって仕事で伊波をグサーッてやりにきたわけだし。仕事が原因でお互いに迷惑をかけ合ってるなら、それはお互い様じゃない?」


 その寛大な心はありがたいのだが、お互い様って言うわりには俺にかかる迷惑の割合おかしくないか?


 ……まあでも、キレてナイフ振り回す感じじゃなくて助かった。

 これから振り回される可能性は残ってるけど。


「それより、伊波も食べなよ! からあげ、すんごぉーく美味しいから!」

「あぁ……そ、そうですね」


 自分を殺しに来た人間と食卓を囲むというのはどうかと思ったが、今更なので気にしないことにした。どうせ騒いだって勝てないし、もし死ぬなら満腹で死にたい。


 ということで居室へ移動し、撮影用に買った昭和レトロなちゃぶ台に唐揚げを置いた。動画や配信ではできた料理をここに並べ、実食シーンを撮っている。


「あっ、いただきますしてなかった! やばいやばい!」


 俺の向かいに座る殺し屋さん。

 彼女は焦りながら手を合わせ、唐揚げにマヨネーズと七味をかけてガブッと頬張り、その勢いで白米をかき込んだ。豪快な食べっぷりに思わず笑みがこぼれ、俺も手を合わせてから箸を取る。


「何か変な感じ。誰かと座ってご飯食べるのって、十年ぶりとかかも」

「そ、それだけ一人なのって、逆に難しくないですか? ご家族とかは……」

「顔も見たことないなぁ。自分が何人で、どこの国の生まれなのかも知らないし。気づいたらこの仕事してて、世界中ふらふらしてたから」


 殺し屋さんにとっては、たいしたことのないバックボーンなのだろう。

 だが、俺からすれば大問題だし、何よりそれを彼女自身がどうとも思っていないことに驚いた。


「伊波は家族とかいるの?」


 唐揚げをゴクンと飲み込み、彼女は首を傾げた。


「親戚はいますが、父親とは会ったことないですし、母親は俺が小学生の時に亡くなりました」

「あ、ごめん。嫌なこと聞いちゃった?」

「いや、気にしないでください。……何か今日は、嬉しかったです」

「何が?」

「母親にカレーを作ったら美味しいって言われて、それが嬉しくて料理人になろうって決めたんです。でも、やっと持てた自分の店がダメになって、料理の動画とか出しても何か虚しくて、これが俺のやりたいことなのかなってずっと思ってて……」


 普段、ここまで他人に胸の内側を晒すことなどない。


 しかし彼女の前では、自然と口が動いた。

 殺し屋という日常離れした存在だからなのか、妙に身体が軽くて肩肘を張らずにいられる。


「今日、殺し屋さんが美味しいって言ってくれて、救われた気がしました。本当にありがとうございます」

「うっ……は、恥ずかしいなぁ。そんな別に、伊波を喜ばせたくて言ったわけじゃないし。こんなに美味しいの食べたの初めてだったから……ただ、それだけで……」


 焼けた頬をぽりぽりと掻き、視線を左右に揺らしてわかりやすく動揺する。

 その様子を見つめていると、彼女はバッと顔を上げて唐揚げを一つ取り、強引に俺の口へ捻じ込む。


「わ、私のことは見なくていいの! 伊波、いただきますしたのに全然食べてないし! 食べなきゃダメだよ!」


 言われた通り、捻じ込まれた唐揚げを咀嚼する。

 外はカリッ、中はジューシー。いつも通りの俺の唐揚げ。


 ……なのだが、今日はやけに美味しく感じる。


 やっぱり、誰かと食卓を囲むのはいい。

 美味しいと言ってくれる人と一緒なら、なおさら。


「そういえば、殺し屋さんって何て名前なんです?」

「名前? あー……うーん、何だろ。色んな呼ばれ方されてるけど、“ティエ”が一番多いかな? 中国語で鉄って意味なんだけど」

「そ、それ、名前じゃなくて通り名的なやつじゃないですか?」

「って言われても、名前なんかないもん。考えたこともないや」


 そう口にして唐揚げを頬張り、飲み込むなり「あっ」と手を打つ。


「私の名前、からあげにしよ! 美味しいし!」

「いやいやいやっ。ダメですよ、絶対。キラキラネームどころか、ギトギトネームじゃないですか」

「えー? じゃあ、はくりきこでいいや」

「今日覚えた言葉から自分に名前つけるとか斬新過ぎません?」

「常に最前線を行ってる女だからさ」


 ふふんとドヤ顔で胸を張るが、流石に名前が薄力粉では格好がつかない。


 でも、ダメだって言ったら、今度は片栗粉とか言い出すんだろうな。……薄力粉よりはマシか? いや、そういう問題じゃないよな。


「だったら、薄力粉を縮めてハクとかどうです? 漢字で白とも書けますし、殺し屋さんの容姿にも合うかなと」


 白銀の瞳をぱちくりと瞬かせて、「ハク……?」と呟いた。

 数秒の思考ののち、その双眸にはキラキラとした輝きが灯る。


「ハク! うんっ、いいじゃん! まあ、実は私もそう名乗ろうかと考えてたけどね?」

「はいはい」


 謎に張り合ってきたが、相手しても仕方ないので軽く流した。

 すると彼女はおもむろに立ち上がり、俺のデスクからペンを拝借。再び席に着くと、ナイフをテーブルに置く。


「えっ……あの、何を……」


 動揺する俺を一瞥し、彼女は「名前書くの」とペンの蓋を外す。


「自分の持ち物には名前を書くものなんでしょ? せっかく名前ができたから、忘れないうちに書いておこうと思って!」

「……名前付きの凶器とか、斬新にもほどがありますね」

「でしょー! 伊波も手、出して!」

「えっ?」

「ほら、早く!」


 恐る恐る右手を差し出すと、ハクさんはぐいっと手首を掴み引っ張った。そして俺の手のひらに、下手くそなカタカタで自分の名前を記す。


「こんなに美味しいものを作る伊波を、誰かに取られちゃ困るもんね! これでもう、私のものだよ!」


 へへへっ、と白い歯を覗かせて無邪気に笑う。

 クールな外見からは想像もできない子供っぽさがあまりにも可愛くて、俺はニヤけそうな口元を隠して「そ、そうですか」と当たり障りなく返す。


「でも、自分のものにしちゃって平気ですか。ハクさんって、俺を殺しに来たんですよね?」


 それはもういいかな、という回答を期待して問いかけた。

 ――が、すぐに間違いだったと気づく。


 和やかだったムードは一変。

 彼女は自分の本分を思い出したようで、素早くナイフを手に取り、切先を俺に向けた。


 だが、家に押しかけて来た時のような冷たさはなく、その目は確かな躊躇いを帯びている。


「……」

「あ、あの、実はまだ冷蔵庫にたくさん食材があって……」

「……」

「だから、俺を殺したら全部ダメになって、無駄な殺生をすることになると思うんですけど……」

「……」

「あ、明日もうちに来ます? 美味しいもの、作りますよ」


 ハクさんはぐっと奥歯を噛み締め、息をつきながらナイフを懐にしまった。そして何事もなかったように食事を再開し、お茶碗の中の白米を綺麗に平らげて「ご馳走様でした」と手を合わせる。


「今日はもう帰るけど、べ、別に情が湧いたとかじゃないからね! 無駄な殺生をしないため! それだけだから!」

「そのツンデレ構文、誰に習ったんです?」

「と、とにかく、明日も来るからね!」

「わかりました。料理のリクエストとかあります?」

「……しょっぱいの食べたし、次は甘いのがいい」

「甘いの、ですか。何か考えときます」


 その返答に「やったー!」と手をあげて、すぐさま冷静になり咳払いして誤魔化した。ジトッとした目で俺を睨みつけ、銀の髪を揺らしながら玄関へ歩いてゆく。


「じゃあハクさん、おやすみなさい。気をつけて帰ってください」


 返答はなし。

 彼女は無言で革靴を履き、スッと立ち上がり背筋を伸ばした。

 ゆっくりとこちらへ振り返ると、なぜか難しそうに眉間にシワを寄せている。


「どうしました?」

「……初めて、だったから」

「何がです?」

「帰り道のこと……普通の女の子みたいに、心配されたの。それが嬉しくて……その……」


 細く長い指先で俺の袖を摘み、上目遣いでこちらを見た。

 淡い朱色の唇がやわらかく緩み、爽やかな笑みを描く。


「――あ、ありがと。おやすみ、伊波」


 ギュッと袖にシワを刻み、名残惜しそうに離して。

 ハクさんはもう一度笑って見せて、小さく手を振りながら去って行った。


 彼女が摘んでいたところに触れ、扉越しに聞こえる遠ざかる足音に耳を傾ける。


 明日は何を作ろうか、と考えながら。




 ◆




「う、嘘だろ……」


 ハクさんが帰ったあと、色々と疲れて泥のように眠った俺は、起きてすぐ自身のチャンネルを確認した。

 昨晩の配信には、かつてないほど人が来ていた。もしかしたら、登録者が何百人か増えているかもしれない。


「……何かの間違いじゃないよな?」


 何百人、どころの話ではない。


 元々の数は5万人。

 それがたった一晩で、倍の10万人になっていた。




――――――――――――――――――

 あとがき


 明日以降も、しばらくは1日2話投稿を続けていこうと思います。

 

 面白かったら、レビュー等で応援して頂けると執筆の励みになります。

 よろしくお願いいたします。

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